会報『ブラジル特報』 2009年1月号掲載

            清水 裕幸イタウ・セキュリティーズ・リミテッド  シニア・リレーションシップ・マネージャー



はじめに: 現在、世界的金融不安により、各国は経済減速、信用収縮に陥っている。ブラジルでも経済成長および輸出の減速・信用収縮が生じている。かかる状況下、サンパウロ証券取引所株価指数は5月20日に最高の73,516ポイントを記録した後、直近ではその2分の1まで低下。過去のブラジルであれば、直ちに対外債務繰り延べ、ハイパーインフレ、通貨の大幅切り下げが必要になっていたところだが、現在、安定成長を維持し、金融・債務危機、経済大混乱というような状況にない。ブラジルは歴史的に見て政治・経済的に一番安定した状況である。本稿ではかかる現状を再認識した上で、2009年を展望することとしたい。

政治的安定: 1985年の民政移管後、民主主義が定着している。労働党ルーラ大統領は再選を果たし、インフレ抑制策を継続。所得が増え、安定した経済成長が実現していることから、支持率は高い。経済閣僚の交代もほとんど無く、継続した経済政策が採られている。国内に人種・宗教対立は無く、対外的にも紛争はない。

インフレの収束: 1995年実施の「レアル・プラン」により過去のインフレを断ち切ったこと等からインフレは収束。年間インフレはターゲットの4.5%±2%の範囲内に収まっている(図1)。

過去のイメージと異なる「普通の国」である。経済の先行きが予測可能となった結果、企業は長期計画に基づき設備投資を行い、個人はより多くの消費が可能。メイレリス中銀総裁はこれらを称し「経済の安定の配当」と呼んでいる。

財政と政策: インフレの原因の一つであった政府・公共部門の赤字は解消し、プライマリー財政収支は近年4%台の黒字を維持。これは主に、公社公団の民営化、「財政責任法」の施行により達成され、政府債務はGDP比40%まで低下。また国債のうち為替連動債はほとんどなくなり、自国通貨レアルへの信任が認められる。為替の変化が債務負担に影響を及ぼすことが無くなったことが注目される。中銀基準金利水準は13.75%と他国と比較して高いが、インフレ抑制のための高金利政策である (図2) 。

対外債務問題との決別:好調な輸出、直接投資の流入などから2008年の貿易黒字は230億ドル程度を達成。特記すべきはかつて輸入額の半分を占めた石油が今や純輸出に転じたことだが、巨大油田も発見。外貨準備は、08年初には政府・民間の対外債務合計を上回り、政府は純債権国になったと対外債務問題との決別を宣言。また政府は対外銀ブレーディー債務・対IMF債務を期限前返済済み。かかる状況を踏まえ、ブラジルの格付けは08年4、5月に「投資適格」とされた。08年末の外準約1,900億ドル超と見込まれる。

金融セクター: 中銀が規制する銀行自己資本比率は国際水準の8%を上回る11%だが、イタウをはじめとする大手銀行はさらにこれを上回る水準を維持し、また外国資金への依存度は低いので世界の金融不安にも耐える体質である。国内ではローンがやっと伸び始めたところでサブプライム・バブルとは無縁、不良債権の水準は低い。金融が成長のドライバーである。

経済成長: 経済成長率をみると、今後も年率4~5%という安定レベルの成長が見通せる(7~9月期のGDP成長率は6.8%)。インドや中国と比較してブラジルの成長率は低いという議論があるが、ブラジルはインドや中国のような都市化現象は既に終わり、人口の80%は都市に住んでいる。ブラジルは発展段階が異なって中進国といえ、近代国家に手が届いている国として見るべきであろう(図3)。

家計: インフレが収まったため、ローン利用が可能となった。住宅ローンがようやく始まり03年から年平均約50%という伸びである。現在、住宅および建設部門が成長の機関車の一つになっている。家計の借入の対GDP比は06年で41.3%と国際的にみてまだ非常に低い水準であり(米国200%、日本182%、中国139%)今後、借入を増やす余地がある。

中所得者の増加 2007年には低所得層から2,000万人が中所得層へ移行している。アンケートによると、中所得層の最大関心事は「住宅」で、1,400万人が住宅購入を考えており、住宅への需要は旺盛である。

資本市場の動向: サンパウロ証券取引所企業の08年8月時点の時価総額は1兆2,000億ドルであったが、最近は約9,000億ドルで推移。時価総額上位のペトロブラス、ヴァーレ2社で30%を占める。株式市場では、外国投資家が35%を占める。外国からの投資は増加傾向にあり、08年7月には約2,527億ドルに達した。07年の新規上場企業は66件、224億ドルで、大幅に増大。業種は金融、不動産、農業関連、テクノロジー、インフラ、消費など広い分野にわたっている。ただし08年は激減、09年に再度増加することが期待される。ブラジルの債券市場は殆ど国債で占められるが、規模では世界11位。商品先物市場は世界第4位の規模で、NYMEXより大きい。

2009年の展望: ブラジルは過去の危機を踏まえて構造改革を行った結果、今や政治的・経済的に安定している。金融システムの危機もなく、経済回復は他国に比して比較的早く、また資本市場の回復も比較的早いと思料される。もちろん世界の経済・金融マーケットの動向次第でそのペースは左右されようが、09年後半以降、経済の安定とローン・クレジットにより、GDPの80%強を占める内需主導による緩やかな(09年は3%弱)経済成長が見込まれる。政府はインフラ整備計画の促進を図る見込み。

成長のポテンシャル: 豊かな資源国であると同時に、自動車、航空機を輸出する工業国である。面積は日本の23倍で世界5位、未利用の農耕可能面積は世界最大、人口は1億9,000万人で世界5位、GDPは世界10位。経済安定により成長ポテンシャル発揮の阻害要因は除かれた。

外国投資: 民間部門の活力が経済の主体。経済安定により世界各国からの投資が活発である。国際協力銀行の海外進出企業調査2008年によればブラジルが中長期的に有望な投資先として初めて世界6位にランクされ注目される。日本からの新規投資として鉄鋼、自動車、オートバイ、タイヤ、電機などが伝えられる。エタノールについては様々な動きがあり、目が離せない。

証券資本市場: 最近の流動的な状況が落ち着けば、以下に従い証券市場に巨額の資金が流入する可能性がある。①国民が最近漸く貯蓄を開始、いずれ個人投資家となると見込まれる、②ブラジル年金基金は債券での運用が多いが、株式投資の割合を増やすと見込まれる、③「投資適格」により、外国の投資家がブラジル市場に注目、④ブラジルの資産運用会社による株式投資は全体の14%に過ぎないが、世界平均は約45%であり、債券から株式への移行が期待される。(12月10日記)

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