講演者: 二宮 正人 氏(弁護士、サンパウロ大学教授)
演 題:「最近のブラジル政治・社会について~二宮正人教授フリートーキング」
テーマ:ブラジル新政権100日間の評価
はじめに
・新政権発足後100日経過してまだハネムーンが続いているという人もいるし100日経ったので正体が見えてきたという人もいる。当選すべくして当選したという人、刺されて却ってラッキーだった(刺されても復帰できた)と考える人もいる。無料のTV政見放送はアルキミン候補には10分与えられたのに対しボルソナロは少数政党が故に無料のTV政見放送は10秒しか与えられなかったが、ボルソナロ刺傷事件の結果を24時間放送した。決選投票については、当初よりPT候補ともう一人の候補は誰が来るか分からなかったが、ボルソナロが決選投票に進み、めでたく当選した。
ボルソナロ大統領略歴
・1955年3月21日、サンパウロ州生まれ。64歳、1977年 陸軍士官学校卒(砲兵科)、RJ空挺旅団勤務、大尉で退官。1991年~2018年-下院議員。議会ではラジカルな発言が多く、老練な政治家とは言い難い。閣内の退役軍人は副大統領を含めて7名。彼らもテクノクラートだった。科学技術大臣は宇宙飛行士だった。今のところ、元軍人の閣僚起用にマイナスの評価は見られない。
今年のカーニバルソング
・ブラジルではカーニバルソングにかこつけて政治家の批判をすることが伝統的。今年 の歌詞は「諸悪の責任はすべてPTにある。芸術家や俳優たちは皆左翼、共産主義者は皆出て行け。ブラジル国旗を赤にするな。キリスト教が最高の宗教。悪人はぶっ殺せ」。1945年のカーニバルでは、「世の中はおべっか使いばかり…」の歌詞でのバルガス批判。
政権発足後100日の支持率
・ボルソナロの不支持率は30%で、政権発足100日の時期としては、コロール大統領以来歴代最悪(コロール 19%、カルド―ゾ 16%、ルーラ 10%、ジルマ 7%)。閣僚の多くの失言が目立ち、それが高い不支持率に繋がった。特に教育大臣(コロンビア人からブラジルに帰化)は、教育畑の人ではなく教育大臣としての資質にも問題があった。愛国心を高めるために各学校に通達を出して、国歌を生徒に毎日歌わせその写真を教科書に掲載させようとした。さらに。1964年3月31日のクーデターは実は国民の大意に沿った革命である旨を教科書に明記すべきと発言して更迭された。後任はサンパウロ大学経済学部出身のAbraham Weintraubだが、一旦、みそをつけたので信頼回復はなかなか難しい。政権スタートでつまずきがあるとすぐに大臣任命責任も出てくるし、幸先は良くない。
・そういう中で評価されているのはパウロ・ゲデス経済大臣、セルジオ・モーロ法務大臣の2名。法務大臣は画期的な治安回復プロジェクトを持っており、これには何人も異論はないが、一方、ボルソナロは、年金改革法案も含め何か法案を通すためには、国会では超少数政党なので、選挙戦中のマニフェストでさんざん嫌っていた古い体質の政治家とネゴすることも必要と認識。ゲデスも国会(憲法司法委員会)に招致され、当初国会議員を小馬鹿にしてそんなところに行く必要はないとして国会議員の態度を硬化させていたが、現在は一応、正常化した模様。モーロは、パラナ州マリンガ大学の法学部出身。パラナ州連邦判事。Lava Jatoで数百名と司法取引を行い、芋ずる式に多くの人を召喚し被告とし有罪判決を下した。その最たるものがLula召喚、有罪判決。モーロを法務大臣に任命したことはボルソナロの英断だった。ブラジルは、あと3年で建国200年となるが、これまで2人の大統領、リオの5人の州知事の3人が収監されている。これはこれまでのブラジルの歴史ではなかったことであり、ブラジルは漸く法治国家としての体裁が整ったと言える。
外交について
・ボルソナロは元軍人ということで挙手の礼をする。大統領が挙手の礼をすることは1985年以降なかったこと。アメリカに行った際、国務長官に対して挙手の礼をした。これは大統領としてあるまじき態度と野党のやり玉にあがり、アメリカに行ったこと自体、米国追従との批判を受けたが大したことではない。また、最近、米国、カナダ、オーストラリア、日本に対する一方的なビザ免除についても米国追従との批判があったが、これも将来、相手国からビザ免除を勝ち取るための大きな一歩であると思う。
・問題があったのは、マラニョン州アルカンタラのロケット発射基地の米国による使用、イスラエルとの接近(エルサレムに当初は大使館、後に通商事務所の開設はアラブ諸国の不快感を買う)、チリ訪問時は(軍人出身で独裁政権と言われる)ピノチェト元大統領をオマージュした(褒めたたえてこと)(チリ国会議員の多くが退席)。その国のタブーに触れては駄目。
・ダボスの会議での演説は15分だったが、大したことを言っていない(就任したばかりなので仕方がないか?)。安倍総理とも会談した。
・外務大臣のアラウージョ(51歳)は大使になったばかりだが、大使として赴任経験がない。大変評判が悪い。年配の大使を要職から外し若手を登用しているが、登用の仕方がむちゃくちゃ。
年金改革
・最大の課題。年金の受給年齢を男性65歳、女性62歳まで延長する。公務員、軍人は優遇されているが、今回の改革で大きな変更はない。社会福祉・年金改革は憲法補足法によることが必要。国会両院において2度にわたる投票で、それぞれ5分の3の賛成票を必要とする。国会を通るかどうかなかなか難しい。
三人の息子について
・長男FLAVIO BOLSONARO-2003年以降RJ州議会議員、現上院議員 TWITTERを通じて裁判所に対する議会審問委員会の設立に反対。
・次男CARLOS BOLSONARO 2001年以降RJ市市会議員。補佐官の不正雇用が問題。一番、父親に近いと言われている。
・三男EDUARDO BOLSONARO – 2015年以降下院議員 ー 無冠の外務大臣とも言われていて、専ら右翼政権とのコンタクトを行っている。今週はハンガリーとイタリアを訪問。
・軍政時代も含めてこれまで大統領のファミリーが政治にしゃしゃり出てきたことはなかったが、時代の問題で、今のところ大きな問題になっていない。
(フリートーク Q&A)
(Q)新しい産業政策は具体的に打ち出されているか?
(A)公営企業の民営化とかインフラ・ロジスティック重視と言われているが、まだ100日なので、具体的な政策は打ち出されていない。経済・通商はゲデス大臣だがインフラは軍人出身の閣僚が担当。BNDESは、ルーラ、ジルマの左翼政権時代に政策的にキューバの港湾、ベネズエラ、エクアドルに融資していたが、多分あの金は返って来ないと見られ、今後の案件は、自国資金ではなく外国銀行と組んで2step loanの形で原資を調達せざるを得ないのかなという状況。いずれにしても現段階ではっきりしたことは言えない。
(Q)1年半前に労働法改正の講義を受けたが、その後ブラジル経済社会で実務上、法務面で変化はあったか?
(A)労働裁判所では、判事の一部は、労働法改正は行政府で決めたことで、これには従わないという暴論もはいていたが、だんだん足が地について来た。まだ一部の一審の判事は、昔ながらの労働者保護の判決に固執する人がいるが、2審の判決では新しい労働法に基づいてあまり極端な判決は出ないようになった。ただ、日本と比べれば、まだまだ労働者保護法であり、多くの日本企業は身に覚えのない裁判を起こされた。例えば、労働者が雇用主を訴えたが、雇用主が日本企業に役務を提供していた場合、雇用主が労働者に払うお金がなければ役務を提供した日系企業を訴えるという暴論とも言える裁判。即ち、労働者は可哀そうなので、雇用主にお金がないならお金がある日本企業から取ってやろうという単純な発想。ただ、少しずつ昔のようにエキセントリックなことにならないように進んでいる。
(Q)日本はグローバル化に後れを取っており問題。一方。ブラジルの経済は2050年には世界の5本の指に入り日本は凋落という見方があるが、ブラジルはグローバル化に乗って行くという動きはあるか?
(A)端的にいうとグローバル化は進んでいない。そこまで手が回らない。ブラジルには、失業者が1300万人もいて、どの政権に関わらず失業者数削減は重要課題。さらに難民問題もある。ヴェネズエラから毎日、何百人単位の難民が歩いてブラジルに入ってくる。ハイチからもロンドニアから入ってくる。ブラジルは難民条約に批准している以上、教育と雇用を提供しなければならないが、まず自国の失業問題の解決が先決。ボルソナロは難民条約脱退と言っているが人権無視はできない。
(Q)100日間で治安状況は改善しているか?
(A)何も改善していない。リオ州は2年前に連邦軍が派遣されていたが今は撤退。軍隊と軍警と合体したForça Nacionalが治安維持にあたっている。サンパウロの郊外も犯罪は続いている。つい最近も日本人学生がiPhoneとクレジットカードを強奪された。住居も一軒家よりアパートの方が安全。ピストル所有については、無犯罪証明とIDがあれば買えるが、犯罪者は闇ルートでいつでも買える。一方、相手(犯罪者)はプロなので、抑止力にならない。大統領就任式で警備は凄かった。ブラジリアはどこにも行けない状況だった。この状況が全国に及んで治安が良くなったということはない。
(Q)武蔵野市では海外から来た人に対して生活設営などの手助けをしている。ブラジル人は武蔵野市のサービスに頼っていないように思う。ブラジル人はこのようなアシストは要らないのか?どんな生活をしているのか?
(A)まず武蔵野市にはブラジル人はあまりいないはず。この4月1日付けで日本で画期的な法改正が施行された。特殊技能AとB。これで向こう5年間で34万―35万人の外国人を入れて労働力不足を解消しようとしている。但し、5年間いて放りだすわけではない。以前は技能研修生として、中国を初めて東南アジアの国から人を受け入れ、3年間、住居費以外に平均5万円の給与を支給していたが、給与が少ないという批判が出て、現在では、技能研修生といえども最低給与を支給しなければならない。昔は、社会保険にも入らない、外国人雇用の届け出もしないという違法雇用が蔓延っていたが今は改善。リーマンショック以降はブラジル人が一斉に帰国し32万人いた出稼ぎは半分ぐらいに減ったが、今は20万人に戻った。日本海側に村田製作所という会社があり携帯電話の心臓部を作っているが、きつい・きたない・きけんではなく、クリーンルームで働く。福井県、島根県の最低賃金時給は800円から850円だが、村田製作所のブラジル人の時給は1250円。ところが、県、市役所は外国人受け入れの体制が全くできていない。特に小学生100人、中学性30人の教育問題。授業参観に行ったが。1月に6年生に来た子が3か月後には中学に送り込まれケース。非常に無理がある。中学3年終えても高校にも行けない。20年、30年前の出稼ぎ子弟におこった教育問題が今も続いている。残念ながら日系人は単なる労働力としか見られていない。地元行政の対応の全てが後手後手になって何も回っていない。グローバル化、国際化は絵に描いた餅。
(Q)40年ぐらい前、最初に二宮さんにお会いしたのは、ブラジルの大統領が日本を訪問、皇室とお会いになる際の通訳をなされた時だったが、二宮先生は完璧な通訳だった。先生は皇室の方々とコミュニケーションがあったと思われるが、平成も終わり新しい年号に変わろうとしている今、これまでを振り返って、先生の想いを語って頂きたい。
(A)その辺の想いは、文芸春秋最新号の513ページに書かせて頂いているが、まず、はっきりさせておきたいのは、自分はブラジル側の通訳であったこと。今の両陛下は、海外の日系社会への思い入れが強い。1967年から1978年、1997年に3回訪伯されたが、1967年当時は、最近の日本の災害地への慰問のように膝まづいてお話されることはなかった。天皇陛下は海外の年上の移住者に対しては特別な思いをお持ちだが、その時、その時の思いを翌年の歌会始めで短歌にされる。2016年のジルマ大統領訪日(2回にわたるドタキャンで実現せず)に向けて、自分は天皇陛下がお詠みになった短歌のポルトガル語訳を準備していた。その後2018年にテメル大統領訪日の際は、天皇陛下にお会いになる前にテメル大統領自分の短歌の翻訳を読んでもらった。陛下は沖縄をはじめサイパン島。硫黄島ほかの昔の戦場にも追悼の旅にお出かけになるが哀悼の意を日本人のみならず相手側(兵隊)にも心の底から表され深々と頭を下げられる。これはなかなかできないこと。
自分は、長年通訳をやって70歳も過ぎているが、ある年齢に達したから、社会的地位が上がったから通訳をやめるというのはおかしいと思っている。今回も日伯賢人会議で来日した。今後ともお座敷がかかる間は通訳を続けて行きたいと思っている。
日 時 | 2019年4月19日(金) 14:00-15:30 |
会 場 | 新橋ビジネスフォーラム会議室
住所:港区新橋1-18-21 第一日比谷ビル8階 |
参加費 | 個人会員1,000円, 法人会員 2,000円, 非会員 3,000円 |