講演者:山田彰 在ブラジル日本国特命全権大使
演 題:「最近のブラジル情勢 ~ ボルソナーロ政権の課題と展望 ~」

 

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山田彰 在ブラジル日本国特命全権大使

ボルソナーロ大統領について

  • 1955年3月21日生まれ(64歳)。陸軍の軍人出身で連邦下院議員を20数年間務めていた。
    選挙前はSNS上で若者の支持を集め、世論調査ではLulaに次ぐ人気だった。結局、Lulaは立候補出来なかったので実質支持率1位を走っていたが、現地の政治のプロ・アナリストは、弱小政党で過激なボルソナーロの当選はないという予想だった。しかし、この予想はことごとく外れ、大統領として当選した。選挙戦中は極右のレッテルを貼られ、国内メディアから嫌われ、それに影響され欧米メディアも批判的論調だったが、選挙後、ブラジル国内では改革の期待感が高まった。選挙戦中、昨年9月に腹部を刺される事件があり、その後3回の手術を受けている。健康状態は今でも要注意。
  • サンパウロ州出身の大の親日家。昨年2月に来日。浜松市と大泉町を訪問、日系人の大歓迎を受けた。改革を成し遂げてくれるという期待感から日本での在外投票では、9割の得票。
  • 本年1月大統領就任後、2回、安倍首相も含め首脳会談を実施(1月ダボス会議、6月G20サミット大阪)。大阪では、BRICs非公式会合実施。大阪市内を散策、市民と交流(インスタグラムに投稿)。

ボルソナーロ政権発足から半年経過

  • これまでの政権では、政党を引き込むために人事ポストが用意されるのが通例であったが、ボルソナーロ大統領はこれを否定し、人物本位で閣僚を任命した。全24ポストの内8ポストが軍人出身。軍政に戻るというメディアからの批判があったが、任命された閣僚は現役の軍人ではない。また、現役の軍人も軍政は望んでいない。ブラジルの軍人は地方、辺境の奥地にも行くし、途上国(ハイチ、コンゴ)へのPKOに参加する。軍人は組織を運営する能力や国際感覚も持っていると言われている。
  • 現閣僚メンバーは、以下3つのグループに分かれている。
    〇右派思想派:アラウージョ外務大臣(右派イデオロギー外交に対し外務省重鎮OBより批判を受けている。反グローバリズム)、エドゥアルド・ボルソナーロ下院・外交議員(ボルソナーロ大統領の3男)、ヴァイントラウヴ教育大臣。
    〇軍部出身派(実利主義):モウラォン副大統領(元陸軍大将)、エレーノ安全保障局長官(元陸軍大将。大統領の陸軍士官学校時代の教官。G20サミット大阪に同行)、ラモス政府調整庁長官(元陸軍大将)。
    〇テクノラート派:ゲデス経済大臣(財務・企画・産業貿易を所掌するスーパー大臣。年金改革推進)、モーロ法務・治安大臣(スーパー大臣。判事時代の越権行為について野党より糾弾を受け、今も続いている)、クリスチーナ農務大臣(かなり活発・積極的に活動。大統領は農業政策重視、自分の農園も持っている)。
  • ボルソナーロ新政権は、高い支持と期待感も持って発足はしたが、この半年間、その勢いを活かせなかったと思われる。大統領になってからもボルソナーロ大統領は、選挙戦のように人を批判した。また、息子のカルロス市会議員の政権閣僚批判問題などをマスコミは面白おかしく報道してきた。この半年間でつまらない喧嘩で政治的リソースを使ったという面もある。

 

ボルソナーロ政権発足から半年 【主な成果】

<内政と外交の成果>

  • 年金制度改革の進展これまでの一般年金システムでは社会保険料の納付済み期間が男性35年、女性30年となっており、早い人は50歳代前半から年金の受給が可能となっていた。これはとてもサステイナブルでなく改革を迫られていたが、これまでなかなか手が付けられなかった。テメル前政権でも実現できなかった。年金改革の重要性はマーケットの動きからも分る。審議の進捗でマーケットは上下に変動した。年金制度改革は、憲法改正が必要で上院、下院でそれぞれ2回ずつ投票を行う必要があり承認までのハードルは高いが、8月7日、受給開始年齢の導入(男性65歳、女性62歳)などを柱とする憲法改正案が第2回目の投票結果、下院を通過した。今後上院に送られるが、上院で否決される可能性は低く承認される見込み。
  • EUメルコスールFTA交渉が実質合意:
    2000年に交渉開始。断続的な中断を経て2016年に交渉再開。2019年6月、実質合意に至った。
  • 上記、年金制度改革およびEUメルコスールFTA交渉の合意は、これまで20年かけて実現できなかったことで、これらは、政権発足後の半年間の「2大成果」かつ「目に見える成果」と言える。
  • 税制改革の進展:上記の年金制度改革およびEUメルコスールFTA交渉の実質合意の後、「次は、税制改革」と期待する空気が出てきた。年金改革成立後、議会で本格審議される見込みだが、まだまだ時間がかかり簡単ではない。ただ、税制改革は、これまで20年間議論されてきたが前に進まなかった。審議に入ることはエポックメーキングなことではある
  • 治安・汚職対策:2月、犯罪対策法が議会に提出された。国民の期待は高い。大統領選では、 治安対策をすべしという明確なメッセージを発信し勝利した。
  • 民営化の推進・インフラなどの入札の実施: ボルソナーロ政権は「プロビジネス」と言える。外国投資を呼び込むためのビジネス環境改善に努力している、経済省高官の部屋に世界のビジネス環境ランキング表(世銀)が、ブラジルのランキングは低いにも係わらず貼ってある。ビジネス環境を改善してランキングアップしようとする意気込みが感じられる。
  • OECD加盟の進展:トランプ大統領からの支持獲得。
  • ベネズエラ対応:成果とは言いにくいが、グアイド暫定大統領を承認し大使も受け入れた。しかしながら、一方ではマドゥ-ロ派が任命した外交官が今も大使館に居座っている。ブラジリアには両派の外交官がいて、なかなか複雑な状況になっている。
  • 環境政策:パリ協定脱退の公約を見直し、残留を決定。
  • 中東関係・エルサレムへの大使館移転の公約を修正。
  • 大統領は、10月の即位の礼に出席するため来日する見込み。

ボルソナーロ政権発足から半年 【主な課題】

  • 議会関係: 従来の利益調整型政治を排除する一方、大統領が議会を批判。この問題をマスコミが煽り、議会(与党側の中道右派政党グループのセントラン)との関係は一時悪化したが、現在は徐々に関係は改善している。
  • 政権内の緊張関係: 大統領の次男のカルロスリオ市議による軍部出身閣僚への批判→今のところそんな大きな問題になっていない。
  • 経済成長率の減速: 年初の予測は2.6%だったが、発表の都度下がっている。現時点で2019年 中銀予測値は0.8%。
  • 教育政策、環境政策への批判: 各省の歴代大臣が連名で批判する書簡を発出。環境分野ではアマゾン基金の方針や政策を巡り、ドイツ、フランスより懸念表明あり(大統領はフランスの外務大臣とのアポをドタキャン)。更に大統領はアマゾンの伐採数が増加していると発表した国立宇宙研究所の所長を更迭した。
  • 低い政権支持率: 6月調査 1/3が支持、1/3が不支持、どちらでもない1/3→ 今後、具体的成果が出てくれば支持率は改善していくものと思われる。

政党勢力

細分化された政党の中で、与党PSL(自由社会党)は躍進したが、依然として少数で、連合同盟を組まない議会対策はうまく行かない。

最近のブラジル経済情勢

  • 2019年の成長率は、0.8%(年初の予測は、2.6%)。失業率は12.5%の高止まり。インフレ率4.66%で目標の範囲内で比較的良好。政策金利は7月31日に歴史的な6.0%に引き下げ。
  • テメル前政権では、財政に関する憲法改正及び歴史的な70年ぶりの労働法改正がなされた。
  • ボルソナーロ政権では、年金制度改革、税制改革、国営企業の民営化といった構造改革が継続的な課題。
  • 対外債務: 2007年に対外債権が対外債務を上回り、以後、ブラジルは純債権国になっている。
  • 貿易: 輸出入ともに中国が相手国として第1位。

日本・ブラジル経済関係

  • ブラジルへの日本企業進出数は、2013年以降、700社前後で増えていない→日本とブラジルの潜在能力を考えればまだ低いレベル。2018年のJBIC海外直接投資アンケートの「ブラジルへの事業展開の見通し」は前年度から少し改善したが、「強化・拡大」が45.7%、「現状程度維持」が52.6%と高い。

メルコスールのFTA/EPA

  • ブラジル新政権の貿易政策:
    貿易自由化を志向(基本方針)。継続中のFTA交渉は引き続きメルコスールとして交渉。新たに開始するものはメルコスールとしてではなく二国間FTA交渉を追求する可能性あり→米国とは水面下で意見交換をしている。トランプ大統領は多国間協定を嫌っているが、メルコスールvs 米国という可能性もある。資本財、IT製品などの対外共関税の削減について検討中の模様。
  • EFTA: 2017年6月から交渉してきたが、本年8月にまとまる見込み(メルコスール側に交渉の相場感ができてきた)。
  • EUメルコスールFTA交渉の実質合意:
    2000年に交渉開始。断続的な中断を経て2016年に交渉再開。2019年6月、実質合意→ 目に見える大きな成果、マスコミも好感。全くの想像ながら今後2年程度で発効に至るかも知れない。但し、不確定要素あり、本年10月、アルゼンチン大統領選で現大統領のマクリが負ければ発効時期は不明瞭となる。
  • 日本・メルコスールEPAに関する最近の動向:
    2019年7月、サンパウロ主要日系社会4団体が日本・メルコスールEPA交渉の早期開始を求める嘆願書を山田大使に提出。7月末の日伯経済合同委員会では、日本とメルコスールのEPAの 早期締結を求る共同声明が採択された。今回の日伯経済合同委員会では、今までと比べて一番切迫感のある議論がなされた。これは、20年かかってようやく合意に至ったEUメルコスールFTA交渉が影響している。ブラジルの官民としても初めてメルコスールは初めて先進国(EU)とFPAの合意に至ったので次は日本だという機運が出来ている。

111年を迎えた日系社会

  • 2018年 日本ブラジル移住 110周年 →眞子内親王殿下が5州14都市ご訪問。
  • 2019年 アマゾン移住 90周年。
  • ブラジルに約200万人の日系社会、日本には約20万人の在日ブラジル人社会
  • 2020年 在日ブラジル人コミュニティ30周年→日系社会との連携強化を進め外務省として人的交流も含めいろいろな形でのイベントを開催したい。

Q&A

Q:ブラジルの中国との外交関係はどうか?

A:ボルソナーロ大統領は選挙戦中は、『中国はブラジルを買おうとしている』と非難。
また、選挙戦中の昨年2月、日本、韓国、台湾を訪問したが中国に行かず、中国は大統領が台湾に行ったことで神経を尖らせたが、当選後、最初または2番目に会ったのは中国大使だった。
中国はなんと言っても貿易において圧倒的首位の相手国で中国との関係をおろそかにはできない。モウラォン副大統領も中国に行って経済のハイレベルな政策対話を行い実務的関係はかなり進展している。ただ、大統領が中国を好きになった分けではない(中国とロシアはベネズエラのマドゥ-ロ政権派を支持している)。APECの前、11月にBRICsの会議がブラジリアで開催される ので、習近平首席は11月に訪伯が予定あり。一方、ボルソナーロ大統領は10月ごろ訪中の        可能性はある。大統領は、中国の外交政策面においては気に入らないこともあるが、経済的には非常に重要な相手国なので実務的な関係を発展させる以外のオプションはない。また、農水産品の輸出については中国はもっとも重要な顧客である。現在、米中の貿易摩擦で、ブラジルからの中国への大豆輸出は少なくとも短期的に増えている。他方、ブラジルの戦略的な分野でのインフラに中国ばかりが投資して来ている。この中国の独占的な投資について如何なものかという意見があり、日本を含めもっと他の国からも投資してもらってバランスしてほしいという声は政権内、  ブラジル社会の中で幅広く聞かれる。

Q:年金改革は、実際、国民に歓迎されていないのではないか?

A:年金改革には短期的に痛みを伴う。どうみても現状の年金制度はサステイナブルではないので選挙戦中にブラジリアの議員に意見を聴いたところ、改革には賛成だが、賛成して落選することを懸念していた。選挙後にもう大丈夫かと聴いたら、引き続き選挙民が心配とのことだった。このように年金については、最近、日本でもあったように冷静に議論することは難しい。ただ、国民の中で年金改革の必要性について相当理解が進んできたと思われる。かなり多くの議員の支持という動きがあり、国内で年金改革支持が広く進行している(テメル前政権ではそこまでの支持はなかった)。反対運動、反対勢力はあるものの、もはや流れは変わらない。国として是が非でも必要な改革であり、永年、手をつけてこれなかったことが、遂に実現するという意味で歴史的な一歩である。
年金受給開始年齢と保険料納付期間の双方を満たさなければ受給開始できないことになり、画期的な年金改革であると評価できる。

Q:ブラジル人は、実際、日本・日本人のことをどう見ているのか?

A:ブラジル人は親日的である。日本のことを知らないのではなく、日本のことをかなり知った上で、日本人に対して好感を持っている。それには、いくつかの理由(以下の通り)がある。

  • 日系人の方々が100年の長きにわたり現地社会の信頼を得てきた(ボルソナーロ大統領もある程度、日本文化のことを知っていた)。
  • 長年に亙る官民の経済協力を行ってきた。民間企業は地に足をつけて現地社会に溶け込んで投資を行ってきた。日本の経済協力、民間企業の投資の仕方は中国とは異なる。民間投資については、日本企業は永い目で見て現地企業と一緒になって成果を上げようというとする。こうした日本企業の姿勢も評価されている。
  • ブラジル人は日本の科学技術のほかポップカルチャーのマンガ、アニメに対するあこがれも強い。
  • 日本とブラジルの二国間で過去の歴史に関するネガティブな要素(戦争)はない。

Q:アマゾンについて日本とブラジルとの共同開発の計画はあるのか?

A:報道は流れたが、真偽は不明。大統領の考えは、「アマゾンについてヨーロッパから色々言われたくない。勿論、大統領自身、アマゾンの熱帯雨林を破壊しようというわけではなく、開発できるところは開発して行こうという考え。開発できるところを開発することによって違法な無差別な森林伐採を止めることができるのではないか。そういう面で日本は考えを持っているのではないかと思っている」と想像される。具体的に日本としてそういう面での協力はすぐにはできない。他方、アマゾンの森林伐採については、日本は既に人工衛星によるアマゾンの森林伐採のモニタリングの協力を行ってきたが、更に進化させてAIを使って次に何が起こるか予測ながらモニタリングするとい第二フェーズのシステムを準備中(ミッションも来日、ブラジル側と協議済み)。また、アマゾンではフィールド・ミュージアムと呼ばれる環境教育と観察研究を兼ねたプロジェクトを行っている。
ボルソナーロと大統領は、アマゾンについてセンシティブになっている。ヨーロッパ人は上から目線で物を言ってくるので、ブラジルは反発するが、地球規模の課題なので、日本としては上から目線ではなく、やれることは一緒に協力して進めて行きたいというスタンス。

Q:Lava Jato後のペトロブラスの改革は進んでいるか?

A: 総裁も変わり、一時期のガタガタの状態は終わり、正常化してきた。ビジネス面においても色々な動きがある。ブラジル最大の企業であるペトロブラスがしっかりしないとブラジル経済も上向いていかない。この点は前向きな部分であると言える。

Q:日本・メルコスールEPA交渉が進んでいないネックは何か?

A: 日本がEPAをする場合、どの国にも当てはまることだが、ネックとはまで言えないが、一番配慮すべき課題が農業分野であることは間違いない。ブラジルも含めメルコスールは農産品をたくさん日本に輸出したがっているが、それが日本の農業にどれぐらいのダメージになるのか、ならないのかという点の分析、また攻める農業として日本も中南米に農産品、食品を売って行くことを考えていく必要がある。既に和牛の輸出は開始している。

Q::道路交通法改正(免許停止の点数引き上げ、免許取得のプロセス簡素化など)の動きについて

A: 確かに道路交通法の改正の動きがあるが、背景は不明。ボルソナーロ大統領は、規制が好きではない。ブラジルではつまらない規制が多い。また、守られないような規制は最初からないほうが良いと考えている模様。

日 時 2019年8月9日(金)
15:00~16:30
(受付開始 14:30)
会 場 新橋ビジネスフォーラム会議室

住所:港区新橋1-18-21 第一日比谷ビル8階
(西新橋交差点の紳士服店ビックヴィジョンの入居するビルの8階)
http://biz-forum.jp/access.html

 参加費 個人会員1,000円, 法人会員 2,000円, 非会員 3,000円
※会費は当日会場にて申し受けます。領収書もご用意します。
主催・共催 日本ブラジル中央協会、ラテンアメリカ協会