講 師:竹下幸治郎 拓殖大学准教授
演 題:ブラジル経済と今後の発展~直近のマクロ政治経済情勢と今後の経済発展の方向性~
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講演のポイント
- 景気の現状・・・なぜ低金利なのに景気は停滞?
- ブラジルが高所得国に移行するには?
- 社会革命を起こすか?・・・熱を帯びるスタートアップ
1. 景気の現状・・・なぜ低金利なのに景気は停滞?
- リーマンショック後、GDP成長率の浮き沈みが激しい。ルーラ政権末は右肩上がりで7.5%まで上昇、ルセフ政権で大きく2回沈みマイナス4.5%、テメル政権で1.1%まで戻した。
- 2019年の見通しのレビュー:
昨年末、雑誌EXAMEが一般エコノミストの見方をまとめたが、ベース(発生確率60%)、楽観(同20%)、悲観(同20%)の3つのシナリオに分かれた。対外的には米中貿易戦争継続、米国金利引き下げ基調、対内的には年金改革の遅れ(進んではいるがスケジュールは遅れている)という環境の中で、現状、ベースシナリオと悲観シナリオの中間を行くという見方となっている。
10/4時点の年末の予想:GDP 0.87%、SELIC 4.75%、インフレ率 3.4%、為替 1ドル=4レアル。 - GDP成長率:低水準が続くも2018年から2019年2Qまでは多くのセクターでプラス成長回帰。
- 需要項目では政府消費のマイナスが目立つ(2019年2Qは前年同期比マイナス)。民間消費はプラス。輸出は、本年に入り急減速。
- インフレは低水準続く。金利は低位で推移(景気の過熱感なく本年6月以降引き下げ傾向)。
- SELICが史上最低水準なのに需要が弱い→貸付金利は下がっておらず、じわじわ上がって来ている。
- デマンド(需要)サイドについては、個人向けクレジットは増えて来ているが法人向け貸付は顕著な減少。サプライサイド(企業側)では、工業セクターのFGV信頼感指数は、将来も期待できない。デマンドもサプライもどちらも目詰まり感あり。
- 本年8月の各指数:
設備稼働率75.8%(平均の82.0%より低い)。
ポジティブな項目の労働時間、雇用、生産の指数は低位安定。
雇用回復に力強さが感じられず給与総額も増えていない。
雇用予想指数は90ポイント前半。
失業率は11.8%。改善傾向とはいえ実際は高止まり(インフォーマルセクターは増加。
2. ブラジルが高所得国に移行するには?
- 2019年1Q 緩慢な景気回復の中でボルソナーロ政権誕生。以後、ブラジル国内経済に影響を及している海外要因は以下:
アルゼンチン景気、米中貿易戦争、2020年以降の景気減速懸念、資源価格への影響、欧州との関係(アマゾン森林火災、EUとのFTA)、中国の豚コレラなどの個別通商案件。 - 輸出状況
(本年1月―9月):中国向け大豆輸出額減少(価格下落)、豚コレラ→中国向け豚肉輸出増加、アルゼンチン向け自動車・自動車部品輸出急減(∵アルゼンチンの政治面での不透明感・景気後退)
(一次産品割合)どんどん高まっている(本年9月時点52% 2000年では23%)。
一次産品は国際価格・国際情勢の影響を受けやすく、貿易収支、為替、金利、消費、生産活動に影響してくる。この構図は変わっていない。これをどのように解決していくか? - ブラジルがはまっている問題は2つ。中所得国の罠と資源の呪い。世銀の分類では、低所得エコノミー31、中所得エコノミー117、高所得エコノミー80。ブラジルは上位中所得国に属するが、研究・開発能力、革新的な産業の蓄積が先進国水準まで届かず、他方、低廉で豊富な労働力を持つ中所得国に価格競争力で勝てず、 長期間、中所得国に留っている。この問題からの脱却は長期的に目指すべき。
→東アジアで中所得国から高所得国へ移行した国(AN EASTERN RENAISSANCE)のケースの共通点は、国際統合(貿易開放)と国内統合(都市化、所得分配、汚職撲滅)の実現したこと。更に、専門化、イノベーションによる規模の経済の結果で成長を成し遂げたこと。
→財政再建で対外面での脆弱性を克服することが必要(行政改革、年金改革、税制改革)
年金改革・・・財政効果は減じたが、経験、スキルを有する労働者が労働市場に留まるのはプラス。
→長期的・安定的成長を目指す経済・社会の基盤造りが必要(インフラ整備、新産業創出・イノベーション、グローバル経済との連結)。
→グローバルサプラチェーンへの参加の課題も打破することが必要。
ブラジルはグローバルサプライチェーンの末端にいるに過ぎない(最適な部品を調達する他国企業の後塵を拝している)。
3. 社会革命を起こすか?・・・熱を帯びるスタートアップ
- 国策でイノベーションを起こすのは世界的にも無理があり、今や民間の力、アイデアを生かしてイノベーションを起こす状況になっている。
- スタートアップ企業とは、ベンチャーではなく、ビジネスの仕組みを変えるプロセス・イノベーションを行い、新しいビジネスモデルを作り、資金調達し、大きくして、M&A/上場していく企業のこと。それを行った社長は更に別のビジネスモデルを持った企業を作り上げて更に大きくしていく。
アメリカ、中国では熱いが、日本でも若い人の間でスタートアップ熱が高まっている。ブラジルでも同じことが起こっている。 - 中南米のスタートアップの資金調達額は急激に増加
→ベンチャーキャピタルの投資額と件数は、2016年以降急激に右肩上がり。
→2018年の資金調達額は、ブラジルが圧倒的(1,300百万ドル)。
→過去2年間のディール件数もブラジルが圧倒的(372件)。 - 2018年のブラジルのスタートアップ資金調達案件と調達金額
iFood = ロジ・配送(料理宅配) 5億ドル、Nubank= フィンテック(銀行口座を持てない低所得者向けにクレジット手段を与えるネット銀行)1.5億ドル
Loggi =ロジ・配送(文書配送、宅配アプリ) 1,11億ドル
Quinto Andar=プロップテック(賃貸マンション仲介アプリ)64百万ドル(ソフトバンクも投資) - なぜベンチャーキャピタリストが中南米に注目するのか?
高所得国に以降するステップとして色々な国内の問題を解決しなければならない。
中南米はどの国も問題が多く、都市問題、教育、健康、医療、金融へのアクセス問題があるが、例えば、銀行口座を持っていなかった低所得者層の人が携帯でアプリをタップしてクレジット手段が得られるようになっている。今まで見捨てられていた低所得者層の生活のイメージが覆りつつある。それはまさに社会革命である。そこで、これから伸びるぞと言うことで大きな会社が中南米(ブラジル)の企業に注目し出資している。また、中南米では社会課題が多いが、そのことがビジネス機会に繋がっている。社会課題の内容も共通していることも多く、1つの国で成功すると横展開しやすい、スケールメリットを得やすい。この点もベンチャーキャピタリストが注目しているところ。 - 中南米のスタートアップに資金が集まっている背景
→通信インフラが他の途上国地域に比べ整備 (2017年時点で通信速度4G普及割合が23%、2025年は66%、5Gは7%)されていて、スマホで色々できるので、先進国で成功したビネスモデルを少しローカライズすればうまく行く。 - 中南米のスタートアップ増加の背景
→創業者のプロフィールに起因。
80%が留学または海外での就業経験あり。66%が複数の起業経験あり。59%が他のスタートアップにアドバイスした経験あり。41%がエンジェル投資家としてスタートアップに投資。 - 中南米のスタートアップ創業者も社会問題解決を意識している
→アンケートを取ったところ、80%が利益追求とともに社会環境への貢献を重視と回答。
55.9%の企業が利益優先と回答しているが、これらの企業も事業の社会的インパクトを測定している(∵欧州の投資家は社会貢献をしている企業に出資) - 2018年のスタートアップ資金調達案件のセクター別割合:
フィンテック 25%、ロジスティックス;配送 10%、アグテック(農業) 7% (アグテックの例:ドローンを使ったトラクターの作動制御、ドローンを使った益虫の卵の散布) - ブラジルのスタートアップ発展のポテンシャル
教育格差問題:通学できない子供たちがいる→遠隔教育のスタートアップ
教師の質の確保問題:質をカバーするためのソフト
金融格差問題:金融へのアクセス(格差社会・・・銀行口座、クレジットカードを持たない、ファイナンスを受ける機会がない)→フィンテック Nubank(NYで上場)
健康、医療問題(病院、医療施設の格差)→Dr. Consulta:ICTを駆使して予約システムなど効率化で中間層が料金・サービス面で満足できる医療機関が生まれてきている。
都市問題(治安、交通インフラ未整備)
産業競争力分野(農業、工業、水産、鉱業、林業)
(まとめ)
ブラジル政府が解決できない/目が届かない課題を解決するスタートアップが生まれて来ている。そのシステムが回り始めている。それは高所得国になるための条件の一つであるイノベーションに直結する。
フィンテックが出てきた背景には制度改革があるが、シリコンバレーに行っていた人がブラジルに戻って来てロビーイングしたことが制度改革に繋がった。
電子政府の進捗(電子投票、税申告 各種電子登録)により、人が差配する部分を排除透明性を確保することができる。この点ブラジルは進んでおり大きなポテンシャルを感じる。これが続けばいつか中所得国の罠から抜け出せるかも知れない。
(Q&A)
Q:ブラジルでのドローン(有人も含め)の可能性は?
A:インフラ点検に使える。事故捜索、災害対応にも使える。
農業大国なので農業分野でのドローン活用は先行している。サトウキビ畑にドローンを使って益中の卵を散布する会社があり、ビジネスブレークスルー大学千葉道場が同社に投資している。
マナウスで山岸さんと雑談していた際、アマゾンの不法伐採について、道路延長していくと人が入り込み不法伐採が増えてくるので、道は作らず、だいぶ先の話しかも知れないが使える木材だけを運べる大型ドローンが出来たら良いなという話になった。
Q:デジタリゼーションの導入は中南米の方向を根本から変えて行くものと思う。ただ、心配となるのは教育とGapがある。持てるものと持たざる者、情報をコントロールできる者とできない者の格差がある。これをどうするかという大きな課題があると思う。デジタリゼーションを取り込むにしても、どうやってすそ野に拡げて行くかご意見をお伺いしたい。
A: おっしゃる通りかと思う。農村部では、4Gはまだ普及しておらず2Gレベルだが、それに対応した土壌センサーなど農業のスタートアップが出来ている。 教育については画像とか動画を送信する必要があり全土で高速回線が必要。通信省、農業省がすごく意識している。通信インフラが出来てきて、EDU TECHのスタートアップが増えてくれば面白いと思う。
授業・講義での生徒/学生の理解度にも格差がある。これを解決するためには同じ話を分かるまで聴く、または別の角度で聴くことが必要になってくる。それをアプリにしたような
ソフトをブラジルの企業が2011年に立ち上げている。某商社も出資して役員も送り込んでいるが、その役員は日本でAIを使った教育の会社を興している。12チャンネルでもたびたび紹介されている。また、教員の質をカバーするためのソフトを作ったスタートアップもある。ただ、公立高校を対象とするとビジネスとして成り立ちにくいので、1000校以上の私立学校を対象としている。社員教育を遠隔操作でやるスタートアップもある。Payしない部分には税金の投入が必要。また公的なパブリックセクターも補助が必要。一般の公立学校でも教育ソフトが使えるようになれば良い。先生の作業を軽減補助するようなソフトも出てきている。今後、そういいたソフトの数が増えてくれば政府、自治体に働きかけていくことができるようになれば面白くなってくると個人的には思う。
Q:EDU TECHの商業化には金持ち私立高校を中心に展開せざるを得ないということだったが、ブラジルの本当の問題はそこにあると思う。教育機会が不均等でそれが固定化して階級社会が形成されイノベーションが困難となる。それが都市問題、健康問題、産業競争力経過につながっていると思う。そういう社会現象と社会のほんの1%のITはAIの進歩技術とどのようにして繋げるか、政治の問題だと思うが、そこのところがブラジルが先進国になる為のキーポイントだと思っている。その辺についてのお考えはどうか?
A:全く同感。スタートアップが万能というわけではなく、もしかしたらく別の手段を講じる公的資金を投じる必要がるかも知れない。 社会の変革、今までCredit手段を持てなかった人が持てるようになった。これは大きな変革であると思っている。その人たちがどうやって動き出すのか?ただ消費するだけなら何も変わりはないが、新たな動きが出てくれば面白いと感じている。
スタートアップを生み出している人は中間層以上、アメリカにも留学できるような人達、彼ら自身社会的な課題を解決したいという純粋な心を持っている人もいるとは思うが4割が利益追求型。両方を満たせるようなビジネスモデルをこれからどんどん開拓して行ってほしいと思っている。
日 時 | 2019年10月10日(木) 15:00~16:30 (受付開始 14:30) |
会 場 | 新橋ビジネスフォーラム会議室
住所:港区新橋1-18-21 第一日比谷ビル8階 |
参加費 | 個人会員1,000円, 法人会員 2,000円, 非会員 3,000円 ※会費は当日会場にて申し受けます。領収書もご用意します。 |