当協会の個人会員でありフォーラム・スズキタカノリを主催される元ブラジル東京銀行頭取の鈴木孝憲氏がサンパウロで行った「今回の大統領選と今後のブラジル経済」という同フォーラムでの講演会でのレポートを紹介します。
“ フォーラム・スズキタカノリ ” 概要
( Guia para “Forum Takanori Suzuki de Economia e Negocios “ )
2014年11月 鈴木 孝憲
【1】設立の経緯:このフォーラム( 旧名 “日本ブラジル経済ビジネスフォーラム” ) は2009年1月 友人の・元ブラジル政府鉱山動力大臣・元石油公団ペトロブラス総裁のシゲアキ・ウエキ氏と私鈴木孝憲が全く利益目的なしのボランタリーベースで創設したものです。
2012年はじめの私の日本への帰国以降はウエキ氏が主宰者として運営全般を担っています。
【2】目的:日本からブラジルに進出してきている日系企業の経営のトップの皆さんに複雑で解りにくいブラジル経済の勉強と高度の情報交換の場を提供すること、 皆さんの理解を容易にするためフォーラムのセッションは日本語で行うことにしました。
【3】場所と運営コーデイネーション:場所はウエキ氏のご厚意でレストラン“新鳥”の会場を無料で使用させていただいています。ただし会場のセットアップと水、コーヒーなどに対するボーイへのチップとしてスピーカーも含めて参加者一人当たり20レアルをご負担いただいてます(この分領収書は出ませんのでご了解下さい)。
【4】参加者:現在までブラジルに進出している日系企業約40社の代表者など日本からの駐在員を主たる参加者としています。さらに在外公館代表者( 大使館、総領事館 ) にも参加していただいてます。
【5】スピーカー・コメンテーター
・シゲアキ・ウエキ 元鉱山動力大臣、ペトロブラス総裁 ジェネラルコーデイネイター
・パウロ・ヨコタ 元中央銀行理事、 サンパウロ大学教
・ヒロ・イケダ 元大蔵大臣主席補佐官、サンパウロ大学教授
・アンセルモ・ナカタニ 元ブラジル古河電工会長、 サンパウロ工業
連盟( FIESP ) 役員
・エリアス・アントウネス 元ヴァーレ社 役員 日本語堪能
・ジュリオ・オーシロ 元ブラジル銀行東京・ニューヨーク支店長
・イジドーロ・ヤマナカ 元濃霧大臣補佐官、セラード農業開発プロジェクトのブラジル側責任者として日本側と交渉
・鈴木孝憲 元ブラジル東京銀行会長、元デロイト・トウシュ・トーマツ
最高顧問:ブラジル経済に関する著書“2020年のブラジル経済”(日本経済新聞出版社)他フォーラムの創設オーガナイザー :毎回コメントレターを日本からメールして参加者に配布、 年1回はセッションで直接講演している。
以上
”スズキタカノリ・フォーラム”での講演録
2014年11月14日 鈴木 孝憲
“今回の大統領選と今後のブラジル経済”
- はじめに
今回の大統領選では政権交代による変革を期待していたが残念な結果になった。 本日は少し元気のでる話をしてほしいと頼まれたのでその点も一言触れることにしたい。さて 今年はバイーア出身の卓越したエコノミストであるホムロ・アルメイダ教授(Prof.Romulo Almeida)の生誕100年の記念行事がバイーア州各地で盛んにおこなわれている。 彼はブラジルで初めて経済政策プランニングを州(バイーア州が最初)、そして国へ導入した。ヴァルガス大統領の特別経済顧問でブラジルに輸入代替工業化をスタートさせ、経済開発銀行(BNDES)、ペトロブラス、東北伯開発庁(SUDENE)などの創設を発案した。教授は私の国立バイーア大学時代の恩師でもある。 ブラジルの輸入代替工業化はクビシェッキ政権時代に大きく進展、ガイゼル政権時代に重化学工業化を実現し大抵の物は国産できる中南米一の工業界を形成するに至った。 しかし、いまやこの工業界とくに製造業のGDPに占めるシェアーが2004年以降急減してきて深刻な状況となっている。 アルメイダ教授が聞いたらさぞ嘆くだろう。 今回記念出版された教授の講義録“Pasta Rosa”(バラ色のファイル)をブラジリアの政府当局者や政治家たちに読ませたい。 - 工業とくに製造業の対GDPシェアー
- 全体の対GDPシェアーはかつては30%以上だったが 2013年には24.9%まで落ちてきた。 このうち製造業は2004年の19.2%から2012年の13.3%へと8年間で30%も落ち込んでいる。 ブラジルがまだ農業国だった1942年の数字11.3%に近づいてきた。このままいけば中進国から農産物と資源の輸出国に逆戻りしかねない。 現在のブラジルの一人当たりGDPは10、000ドルを超えて中進国レベルだ。 これを先進国の入り口の20,000ドルに持っていくには、これまでの先進国の例から見て製造業の対GDP比率を最低20%以上、投資率(総固定資本形成投資GFFC)20%以上を一定期間継続していく必要がある。・製造業シェアー低下の原因は何か。
1) 競争力の低下 2) 低い生産性 3) 技術開発力の不足
などの要因が考えられる。
具体的には、所謂ブラジル・コスト、 長期にわたるレアル高為替政策(インフレ対策)、業界の政府依存体質(注)、対外的にはメルコスルに縛られてFTA, EPA など貿易の自由化協定の締結が遅れた。貿易の相手国として近隣諸国や中国に重点をおいてきたこと。 大量の輸入品に国内市場でもブラジル国産品が競争に負ける状況が続いてきた。
(注) 競争力低下の原因の一つ“政府依存体質”とは、 工業製品税(IPI)減税などのように自社に有利な条件を政府から引き出すことに注力、一部に恩恵を受けられない企業が出たり技術開発が疎かになる。 - このモノ作りの危機はPT(労働者党)政権の経済政策の重点が“雇用と所得”に置かれ、それを支える工業界を強化することを等閑にしてきたからである。低成長が続き企業は投資意欲を失い、内部留保も減少してきている。 失業率5%程度で雇用は好調というが、ここにきてすでに工業は人員削減を始めている。 さらにもっとも問題なのは産業界の政府に対する不信感だ。 ジルマ政権は企業の利益を罪悪視し大型インフラプロジェクトの投資収益率に上限を設けたり経済活動に過剰に介入、ルールをしばしば変更し企業家は一斉に投資を先送りしはじめた。 こうして低成長が続くことになったが企業の利益(期中利益や内部留保)も減少してきた。 国内貯蓄の3分の2は企業の利益だ。「貯蓄(国内)―投資=経常収支尻」
の等式から投資が増えなくとも国内貯蓄が減れば経常収支尻は大きくマイナス(赤字)になる。 経常収支の赤字は外国の貯蓄(国内貯蓄の不足分)を意味する。
- 全体の対GDPシェアーはかつては30%以上だったが 2013年には24.9%まで落ちてきた。 このうち製造業は2004年の19.2%から2012年の13.3%へと8年間で30%も落ち込んでいる。 ブラジルがまだ農業国だった1942年の数字11.3%に近づいてきた。このままいけば中進国から農産物と資源の輸出国に逆戻りしかねない。 現在のブラジルの一人当たりGDPは10、000ドルを超えて中進国レベルだ。 これを先進国の入り口の20,000ドルに持っていくには、これまでの先進国の例から見て製造業の対GDP比率を最低20%以上、投資率(総固定資本形成投資GFFC)20%以上を一定期間継続していく必要がある。・製造業シェアー低下の原因は何か。
- PT ジルマ大統領再選の行方
- 今回の大統領選決選投票では現職ジルマが有効投票数の3%3百万票の僅少差で野党候補アエシオ上院議員に勝ったが、ブラジルの民主主義はこれでよいのかと疑問を感じた。 PT政権で経済はかなりがたついている。 国会で野党の発言力が強まればよいが。
- 第1次ジルマ政権の経済政策のまずさはジルマも認めた。 第2次政権では “対話と変革” を打ち出そうとしているが 具体的な施策は未発表。 中長期的な方向付けもでていない。 11月20日決定予定の蔵相人事の発表待ちだ。
サンパウロ工業連盟(Fiesp)も このままPT政権が続けば構造改革もできないままになると懸念している。
ジルマの怒りっぽく人の言うことを聞かない性格はすぐになおるものではない。 PTの中にもジルマの経済政策に批判が出ている(マルタ・スプリシ観光相辞任時に公然と批判)。 - 企業にとっては厳しい環境が続くことになろう。 自助努力で乗りきるしかない。 しかし 以下の事実にも注目してほしい。
- 低成長でもブラジルの巨大な国内消費市場は引続き存在していること。 ここ数年の低成長の中でも 欧米系外資の中には二桁の利益を達成し、世界に展開する自社の拠点のなかでブラジル現地法人がトップ・グループにランクされる企業が次々に出てきている。中には本国の親会社を抜いてブラジルがグループ内でトップのところもありブラジルが収益の大きな柱になっている。 日本の進出企業は欧米系外資のブラジル戦略を本社を含めもっと研究すべきだ。そしてこの機会に何のためにブラジルに進出しているのか、進出するのか、を長期的観点から見直してほしい。 悲観的な見方からは前向きの発想は何もでてこない。
- 景気低迷時は 企業の価格も安くなっておりM & A の好機。先般9月東京で開催された日伯経済合同会議でブラジル側は、日本の中小企業のブラジルへの進出を促進したいとの意向を表明したが現在のブラジルには出資提携しうる中小企業が多数あるはずで進出のベースを作るチャンスになりうる。提携した後100%買収してもよい。
- 過去の例。 2000年に米国のワールプールが当時のブラジルの小型コンプレッサー製造と家電白モノ業界トップのエンブラッコ・グループ(ブラステンプ、コンスルなどのマークで有名)を一挙に買収しえたのは前年1999年のブラジル通貨危機で為替相場が一定のバンド内の管理相場からフローテイングに移行、レアルの実質大幅切り下げとなり多額の外貨借り入れをしていたエンブラッコが窮地に陥った。かねてから狙いをつけていたワールプールがただちに銀行借り入れの肩代わりを含む買収を持ちかけ成功した。 エンブラッコは南のジョインヴィーレ市(サンタカタリーナ州)に本社があり90年代初めに私も何度か訪問したことのある優良企業グループでワールプールによる買収には驚かされた。 ワールプールは米国の需要の半分を生産していた米国での小型コンプレッサー事業をブラジル生産に集中、いまや小型コンプレッサーとシロモノ家電を柱にブラジル拠点がグループ内でトップになっている。 真剣に長期的にブラジルに進出し収益の柱を築くには経済不調の環境下の方がチャンスが多いともいえる。 今回も欧米勢は動くだろう。
- 結び
来週11月20日のG20の会議で今後5年間に世界経済の成長率をゆるやかに引き上げることが話会われるが、ブラジルは貿易先国がアルゼンチン(2度のデフォルトでいまや国際金融界の信用ゼロ)、中国(経済減速から生産過剰、不動産バブル崩壊、さらに 多額の不良債権発生などが懸念されている)に偏重しており、欧米先進国へウエイトを調整すべきだ。 日伯、米伯のFTAの準備検討が ブラジル全国工業連盟(CNI)と経団連、米伯商工会議所の間で開始された。企業としては一段の効率化を実施するとともにブラジル工業界再建のために何か貢献できることはないかも見直してほしい。新たなビジネスに綱がるかもしれない。 外資系は親会社がまだ技術を十分にもっているのでブラジル子会社に一部追加投入するのもきわめて効果的だろう。ブラジルは世界一の農産物供給力を持ち今後の世界の食料争奪戦のカギを握っている。 資源も豊富で長期的な潜在力・担保力は抜群だ。 PTジルマ第2次政権では大きな変革は望めず当分厳しい経済情勢が続くと見られるが政権交代や政策の大幅変更があればブラジル経済は一気に持ち前の活力を取り戻す可能性もあろう。
以上
( すずき たかのり ビジネス・アドバイザー 現・新東工業顧問、元ブラジル東京銀行頭取・会長、元デロイト・トウシュ・トーマツ最高顧問、元・三井住友ブラジル保険経営諮問審議委員、元サンパウロ工業連盟Fiesp 外資支援グループ委員、ブラジル経済ビジネスに関する。講演・執筆活動中。 著書“2020年のブラジル経済”・日本経済新聞出版社ほか E-mail:stakanori2011@gmail.com “ )