2019年、プロビジネスのボルソナーロ政権が発足し、当地進出日本企業も新政権による様々な経済改革に期待している。ボルソナーロ政権は、政治的には大統領自身や大統領子息の言動等によりやや混乱し、2019年の成長率も期待されたほどではなかったが、経済改革はそれなりに進んだ。ただ、2020年に入ると、新型コロナウイルスの深刻な影響を受けるに至った。多くの日本企業が当地にブラジル拠点あるいは南米拠点を置いていることを踏まえ、筆者から見たブラジル経済、日本企業の動向及び総領事館の日本企業支援の取組につき以下述べる。

1 ブラジルにおけるビジネス環境

(1)ブラジルの潜在性

ブラジルは人口2億人以上を擁し、鉄鉱石・石油等の天然資源にも恵まれ、土地もふんだんにあり、水資源も豊富である。更に、日本と異なり、地震、津波、台風、火山噴火等の大規模自然災害のおそれがほとんどない国であり、日本人から見ると非常に恵まれた国に映る。筆者がこうした点をブラジル人に話すと、「確かにご指摘の通りで、自然災害(natural disaster)はあまりないのだが、人的災害(human disaster)が多い」と半ば冗談交じりに自嘲気味に話すのが興味深いところである。政治家の汚職が多いことや治安が悪いことを指しているのであろう。ブラジルでは、何も働かなくても少し手を伸ばせばたわわに果物が実り、地下を掘れば資源が出てくると表現する人もいる。また、中南米のもう一つの大国であるメキシコとの比較でブラジルはのんびりしていると言われることもある。即ち、メキシコは北の隣国に米国という大国を抱え、戦争をして多くの領土を奪われた歴史があり、現在でも移民・麻薬問題など常に緊張関係にある。また、太平洋に面し地震など自然災害にも数多く見舞われ、国難を数多く経験している。これに対しブラジルは、先に述べた通り大きな自然災害にも見舞われず、メキシコのように近隣に米国のような大国との緊張関係が常にあるわけでもない。北米からも、アジアからも、ヨーロッパからも遠く離れ、熾烈な国際競争にこれまで晒されることなく、豊富な資源・農業・巨大な国内マーケットのゆえに、それほど困窮することなく、のんびりしてきたのではないかとの指摘もある。

何れにしても、こうしたポテンシャルへの期待もあり、特にBRICSブームであった2000年代以降、現地企業を買収する等により多くの日本企業がブラジルに進出した。2008年のリーマンショックにおいても、当時のブラジルは対外経済への依存度が低かったこともあり他の国ほど影響は受けなかった。2014年のFIFAワールドカップや2016年のリオ・オリンピック・パラリンピックを開催する中で、更なる経済的飛躍が期待されていたが、汚職に起因する政治の不安定化等によって経済が低迷し、2015~16年は2年連続で3%を超えるマイナス成長となり、日本企業もこうした経済のボラティリティの影響を受けている。2017年以降は上向きになったものの、3年連続で成長率は1%前後にとどまっている。

ブラジル実質GDP成長率推移(ブラジル地理統計院、IMF)

中国、インド、東南アジアといった新興国は6%前後の成長をしていた中で、BRICSの一員であるブラジルは期待されたほどの高い成長率を達成できていない。2019年1月のボルソナーロ政権発足後、経済成長が期待されたにもかかわらず伸び悩んだ背景としては、1つにアルゼンチン経済の低迷が挙げられる。ブラジルは自動車産業をはじめとしてアルゼンチンへの輸出が重要な稼ぎ頭であったところ、ここ数年、アルゼンチン経済が低迷し、裾野産業にも大きく影響する自動車の輸出が減少したこともあり、ブラジル経済に悪影響を与えた面がある。もう一つは、米中経済摩擦等もあり、ブラジルにとって最大の貿易相手国である中国経済の成長率が伸び悩んだことが挙げられる。また、2019年1月のミナスジェライス州の鉱滓ダム決壊事故の影響を指摘する向きもあるほか、ブラジルにおける過去数年の経済停滞により将来に対する明るい見通しが持てず、投資に積極的に資金が回らないことがブラジル経済の低迷の原因であると指摘するエコノミストもいる。

(2)ビジネスの難しい国?

経済の潜在性は高いと言われているが、伝統的にブラジルは保護主義色が強く、ビジネスが難しい国であると言われている。筆者は、外務省中米カリブ課長時代(2011~13年)にメキシコを担当していたが、その際、メキシコに進出していた日本企業関係者は、同じ中南米の大国であるブラジルと比べ、メキシコが如何にビジネスがやりやすいかについて語っていたのが印象的である。かつては、ブラジルとメキシコは、進出日本企業数はほぼ同じであったが、現在では、経済連携協定(EPA)の有無の違いもあってか、ブラジルには約700社の進出日本企業があるのに対し、メキシコでは約1200社の進出日本企業を数える。

ブラジルに進出している多くの日本企業が指摘するのが、ブラジルにおいて人を雇用する際のコストの高さである。ある日本企業メーカーの社長が筆者に語ったところによれば、タイ工場の従業員とブラジル工場の従業員にかかるコストを比較したことがあるが、タイとブラジルの同レベルの従業員に仮に同じ1、000ドルの給料を払うとすると、その他の税金、社会保険の費用等を加えたトータルのコストが、タイでは1、400ドルであったのに対し、ブラジルでは2、200ドルであったとのことであった。このように、ブラジルは人を雇用することに伴うコストが高く、その結果、製造業の国際競争力が低くなっている。また、関税が高く、税制が複雑であることも企業泣かせである。税金対策のために多くの税制コンサルタントや弁護士と契約しなければならい理由はここにある。また、様々な規制もビジネスの障害になっている由である。例えば、医療機器を含む日本製品の輸入に際して、ANVISA(伯国家衛生監督庁)やINMETRO(伯国家度量衡・規格・工業品質院)といった規制当局の審査が長期間にわたるとともに、多額のコストがかかることが問題点として指摘されてきた。

(3)改革志向のボルソナーロ政権

こうしたビジネスのやりにくさがまさにブラジルコストと言われ、日本企業を含む外国企業の進出の足かせになってきた。こうしたビジネス環境の中、一度ブラジル市場に参入して成功すると、障壁がかえって防護壁となってライバル企業の参入をおさえ、むしろ居心地の良いマーケットになるとの指摘もあるが、いずれにしても、ブラジル政府がより多くの外国企業による投資を受け入れるためには、こうしたブラジルコストと言われるビジネス障壁を低減する必要があると指摘されており、ボルソナーロ政権はこうした

改革に意欲的に取り組んでいる。2018年の大統領選挙において、当初ボルソナーロ候補が当選することを指摘する有識者はあまりいなかった。こうした中で、汚職の問題などもあり、既存大政党の候補が国民から敬遠される中で、ブラジルの汚職を根絶し、治安を改善してくれる候補として期待を集め、最終的に当選を果たした。選挙キャンペーン中、SNSをうまく利用したとの指摘もある。

2019年,EU(欧州連合)とメルコスール「(南米南部共同市場。1991年にブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイが結成した共同市場)」とのFTA(自由貿易協定)が20年間の交渉を経て妥結に至った。こうした急展開な交渉妥結の背景としては、EU側の事情もあると思われるが、やはり経済自由化を志向するボルソナーロ政権の誕生を抜きには語れないであろう。EUメルコスールFTAは、今後、ブラジル製造業の構造改革を迫るものとなろう。欧州自由貿易連合(EFTA)とのFTA交渉もほぼ同時期に妥結した。2019年は、年金制度改革も議会を通過し、マーケットから一定の評価を得ている。ある日本企業関係者によると、日本の年金受給者の平均年金額は現役給与の4割から5割であるのに対し、ブラジルの年金受給者の平均年金額は現役時給与の7割から8割とのことであり、こうした比較的恵まれた年金制度に一定の改革が行われることになった。ブラジルにおいても出生率の低下や高齢化が徐々に顕在化している中で、年金制度改革をこれ以上先延ばしにできないとの意識が高まり、議会主導で改革が進んだのが印象的であった。年金制度改革が通ったことにより、国外の投資家もブラジルに一定の評価を与えているものと考えられる。ANVISAやINMETROといった規制当局も、政権交代に伴い、各機関のトップが交替になったことにより、これまでのスタンスより柔軟化する傾向が見られている。年金制度改革の次の改革アジェンダは税制改革である。進出企業のビジネスにもより直接的な影響のある改革であり、どこまで税率が下がり、税制が簡素化されるのか注目されているが、新型コロナウイルスの影響で今後の動向が不透明になってきている。

規制緩和という意味では、日本、米国、カナダ、オーストラリアに対する一方的な査証免除もボルソナーロ政権ならではの措置である。伝統的なブラジルの外交政策は相互主義であり、これまでの政権では考えられなかった措置である。こうした単独的な措置により、これらの国からのビジネス客、観光客の増加を狙っている。こうした措置もビジネスをやりやすくする措置の一環である。

ボルソナーロ大統領は軍人出身で、経済政策についての経験が豊富でないが故に、経済政策をゲデス経済大臣に任せていることも企業家に安心感を与えていると言われている。日本からの来訪者にこうした状況を説明すると、「ゲデス大臣は小泉政権時代の竹中平蔵大臣のような存在だな」との反応もある。

なお、ボルソナーロ政権の外交政策はこれまでのブラジル政府の方針と比較してもユニークである。キリスト教福音派の影響が強いこともあり、親イスラエルの姿勢をとり、テルアビブのブラジル大使館のエルサレム移転を標榜していたが、現在までのところ大使館の移転には至らず、ブラジル貿易事務所のエルサレム設置にとどまっている。親イスラエルの姿勢がアラブ諸国からの反発を招いたことが本格的な大使館移転に至っていない一因かもしれない。ブラジルにとってアラブ諸国は牛肉、鶏肉などの一大マーケットであり、これら諸国との関係も良好に維持しておく必要がある。

また、ボルソナーロ大統領はプレスに対する批判も歯に絹着せぬ言い方に終始しているが、こうした姿勢がSNS上でも支持されているとの見方もある。同時に、批判を受けるプレスにとっても、大統領に批判を受けることにより世の中の注目を浴びる結果、購読者が増えるといった興味深い効果もみられる。

(4)労働法改革の重要性

ブラジルのビジネス環境の改善につき、ボルソナーロ政権以前に行われた改革として重要性が指摘されているのが、2017年にテメル政権下で実現した労働法改革である。改正前は、労働訴訟において労働者側が敗訴した場合でも、訴訟費用を労働者側が負担することはほとんどなかったが、労働法改正により、そのような場合には労働者側が負担することになった結果、労働訴訟が大幅に減少した。多くの企業家にとっては、ブラジルにおけるビジネス環境の改善という点では、重要な改革であったと指摘されている。

なお、給与・残業代・休暇などに関わる労働訴訟が全体として減少してきた一方で、職場内でのセクハラやパワハラについての訴訟が相対的に増えてきているとのことである。当地法律事務所等は、こうした訴訟を事前に防止するために、日本とブラジルの職場での人間関係の違いなどを説明しつつ、セクハラやパワハラについての講習会を開催する等して日本企業に注意を呼びかけている。

(5)サンパウロ州の重要性

サンパウロ州は人口4、600万人を擁し、この規模はアルゼンチンよりも大きく、南米でサンパウロ州よりも多くの人口を有する国はコロンビアのみである。GDPの規模もアルゼンチンより大きく、ブラジル及び南米経済の中心地である。元々、コーヒー栽培で発展した歴史があるが、現在では、製造業、商業、金融業、農業と多産業が発展する州となっている。自動車を中心とする製造業がサンパウロ市近郊に広がり、農業はサンパウロ州内陸部にかけて特にサトウキビ畑や牧場が広がる。また、ユーカリの植林も目立つ。気候が良く他国よりも早く成長することがブラジルのユーカリ植林の強みのとのことであり、紙・パルプ産業も盛んである。サトウキビからは、砂糖、アミノ酸、カシャーサ(サトウキビを原料として作られる蒸留酒)、エタノール、バイオマス燃料を製造することができる。2019年1月に就任したドリア・サンパウロ州知事もボルソナーロ大統領と同様にプロビジネスの志向を示しており、外国企業の投資誘致に熱心である。サンパウロ州にはブラジル製造業が集積しているが、人口1200万人のサンパウロ市といった大消費地を抱えていることから、それほどのインセンティブを与えなくても企業側が投資してきたとも言われている。他方、近隣のミナスジェライス州やパラナ州等は熱心に企業誘致に取り組んだ結果、これらの州への投資も増えている。こうした中、ドリア州知事は、投資誘致に熱心で、自動車産業等にもインセンティブを与え、既存の外国企業を引き留め、新たな投資を誘致することに努めている。

例えば、ドリア州知事は2019年8月には中国を訪問し、上海にサンパウロ州政府の事務所をオープンした。2020年6月にドリア州知事は同州保健省傘下の研究所と中国企業との新型コロナウイルス・ワクチン開発合意を発表したが、その際、同知事は、この開発合意は上海事務所設置の成果である旨アピールしていた。2019年9月には訪日し、トヨタの10億レアルの投資誘致に成功した。サンパウロ州の2019年の成長率は2.5%であり、ブラジル全体よりはるかに高い成長率を達成している。ドリア州知事にとっての1年目は比較的順調に推移したと言えるが、2年目はコロナ危機で試練を迎えている。同知事は2022年のブラジル大統領選挙を狙っているとの指摘もある。同年はブラジル独立200周年の記念すべき年であり、ブラジル独立発祥の地であるサンパウロでも様々な行事が行われる予定である。

(6)ブラジルの金利

ブラジルは長年にわたって高金利の国として知られていたが、インフレの安定及び世界的な低金利の中で金利が下がってきている。かつては、銀行に預けているだけで金利収入が十分に入ってきたのと比較すると、大きな状況変化である。こうした状況の中で、企業も銀行からの借り入れが容易になり、経済に刺激を与えることが考えられる。また、資産ポートフォリオの観点から、預金ではなく不動産に投資する動きも起こっており、不動産市場が活性化してきている。他方、金利収入に伴う利益でビジネスを行ってきた業界にとっては逆風となっている。

(7)ブラジルのエネルギー事情

ブラジルは、エネルギーの6割が水力発電、2割がその他の再生可能エネルギーによる発電によって賄われており、再生可能エネルギーに恵まれた国である。日照時間が長いため太陽光発電に向いており、サトウキビからはバイオマス燃料も採取でき、風力も大きなポテンシャルを有している。ホンダはブラジル南部のリオ・グランデ・ド・スル州に風力発電所を設置しており、ブラジル国内のホンダの自動車工場が消費する電力に見合う以上の電力を発電している。

ホンダ風力発電所

他方、ブラジルが今後更に経済成長するためには、現在の発電能力では足りないと言われており、こうした観点から、日本の進んだ省エネ技術をブラジルに導入することへのニーズがあり、例えば、ダイキンは省エネエアコンの普及に向けて活動を行っている。

なお、国際協力銀行(JBIC)は、ブラジルにおける再生可能エネルギー事業に向けた資金を、ブラジル国立経済社会開発銀行(BNDES)を通じて融資している。

(8)南米の中のブラジル

南米においては、アルゼンチンは2019年の大統領選挙で左派政権となり、ボリビアではモラレス大統領が外国に亡命する事態となった。チリでは学生デモの結果、2019年APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議をキャンセルせざるを得ない状況に追い込まれ、ペルーでも政情不安定の状況が続いている。エクアドルやコロンビアでもデモが発生し、ベネズエラではマドゥーロ政権に対する国際的な制裁が続いているといった状況の中で、ブラジルは南米においてはビジネスを行う人々にとっては相対的に安定しているとの見方もある。しかし、こうした見方は、コロナ危機を通じて変わってきているかもしれない。コロナ禍においても、ボルソナーロ大統領がマスクもつけずに外出して支持者と握手したり、社会的隔離政策を批判する言動や、ボルソナーロ大統領が私的な動機で連邦警察人事に介入したと批判して法務大臣が辞任するなど、政治的に不安定な面も見られるようになってきている。

(9)動物プロテインの国ブラジル

ブラジル経済を引っ張っているのが対中農業輸出であるが、その代表的な品目は大豆である。米中経済摩擦によって米国の対中大豆輸出に高い関税がかけられるようになると、ブラジルの対中大豆輸出が増える。また、中国でアフリカ豚コレラが蔓延し、多くの豚の殺処分が行われると、ブラジルの対中豚肉・牛肉輸出が増える現象が見られる一方で、豚の飼料としても使われる大豆の対中輸出が減る反動もある。このように、ブラジルの対中輸出は外的要因に大きく左右される。2019年後半、ブラジルの対中牛肉輸出が急激に増えた結果、ブラジル国内の牛肉価格が上昇し、庶民の懐を直撃したこともあった。なお、日本の鶏肉輸入に占めるブラジルの割合は約6割と高いが、ブラジルは、渡り鳥が赤道を渡ってブラジルまで来ないことや人の往来が相対的に少ない世界の一角にあることから、鳥インフルエンザ・フリーであると言われており、ブラジルの養鶏産業の強みであると指摘する向きもある。今後、アジア諸国の経済成長に伴い、牛肉、豚肉、鶏肉等の動物プロテインの需要がますます高まっていく中で、ブラジルはこうした需要を満たすことのできる数少ない国の一つである。なお、コロナ経済危機のもとでも、ブラジルの農産品輸出は堅調であり、中国の輸入が引っ張っている。

 

農産物・鉱物資源の日本の輸入額に占めるブラジルのシェア(財務省資料)

 

(10)トラック運転手のスト

2015~16年のマイナス成長を経て、2017年にプラス成長に転じたことから、2018年当初は、3%程度の経済成長が達成できるのではないかとの見通しも広がっていたが、結果的には1%程度の成長にとどまった。この原因としては、大統領選挙の動向が不透明であったことに加え、2018年5月から6月にかけて全国的に広がったトラック運転手のストライキの影響が挙げられる。ブラジルでは鉄道輸送が非常に脆弱であり、主要な物流の担い手がトラック輸送となっていることから、トラック輸送が経済にとって極めて重要な役割を果たしている。ディーゼル燃料への課税をめぐりトラック運転手の不満が高まり、全国的なストライキに発展したが、これにより経済は麻痺状態となった。物流がストップしたことから、工場に部品や原材料を搬送することもできず、鶏舎に飼料を運ぶことができず、多くの鶏が死んでしまった。また、レストランも食材や飲料を調達できないため閉店せざるを得ず、ガソリンスタンドにガソリンが運べなくなったことから市民も車で仕事に行けない状況となった。この結果、ブラジルの経済成長率は大きな下方修正を余儀なくされた。こうした事象から、ブラジルでは、鉄道輸送網の整備の必要性が強調されるようになり、鉄道に関する大型プロジェクトも計画されており、日本企業も関心を持っている。なお、2018年9月、JICAはブラジル穀物企業アマッジ社との間で融資契約を結び、同社の穀物輸送インフラ設備投資などに対する協力を行っている。

(11)Uberの普及

サンパウロではUberが普及し、利用率が高い。Uberの普及により、自家用車を持たなくなる傾向があり、また、自家用車を持っていても、駐車場の問題や飲酒等の問題で自家用車を使わずにUberを利用する傾向が高まっている趣であり、その結果、サンパウロ市内の駐車場の料金が下がっているとの指摘もある。Uberのような配車サービス会社が更に普及するようになると、自家用族ではなくUberなどが自動車の大口需要となり、自動車メーカーもこうした意向に左右されるなど自動車マーケットで力を持つようになるのではないかとの指摘も出ている。

(12)高齢社会克服に向けて

ジルを含む南米諸国との間で共有出来、かつ南米諸国の将来にとっても有益な参考事例となりうる日本の経験は、如何にして人口減少・超高齢社会を克服していくかの点である。日本においても如何にしてかかる課題を乗り越えていくかについては、道半ばの面はあるものの、ブラジルを含む南米諸国も経済成長するにつれて、少子化・高齢化を迎えており、この分野でフロントランナーである我が国の経験を共有することは重要である。日本の合計特殊出生率が約1.4であるのに対し、ブラジルは1.8であり、早晩日本と同様の問題に直面することが予想されている。

日本では、人口減少・超高齢社会が経済的・社会的に様々な問題を引き起こしている。こうした中、日本は、同社会がもたらす国内需要減少に対し外国との間でEPAを積極的に締結することにより外国需要の取り込みに努めつつ、国内へは外国人観光客を誘致して地方を含めた経済の活性化に努める等、新たな成長モデルの形成を進めている。また、同社会がもたらす深刻な労働力供給の減少に対しては、女性・高齢者の労働市場への参画を奨励しつつ、外国人労働者に対しても国内の労働市場をオープンにするほか、AIやIoT等の技術を使って、自動運転の普及等労働力に頼らない経済システムの構築に努めている。同社会がもたらす社会的側面としては、認知症高齢者が増えることによって社会がどのようにこうした高齢者を支えるか、運転能力の衰えた高齢者の交通事故の問題、高齢者を狙った詐欺事件等の問題があり、こうした課題に対しても日本の中で様々な取り組みが行われている。超高齢社会を迎えて年金・医療保険等の財政問題にどのように対峙しているかについても、年金改革が内政上最大の課題となっているブラジルにとっても重要な参考事例となるものと思われる。こうした中、筆者は2019年9月、サンパウロ市内で、高齢社会経済セミナーにおいて、我が国の人口減少・超高齢社会克服の取り組みにつきプレゼンを行った。また、JICAはブラジルにおける病院で緩和ケアの協力も行っている。更に、JICA研修生のOB組織であるABJICAが2020年3月、高齢社会に関する講演会をジャパン・ハウスSPで実施した。

2 日伯経済関係

(1)二国間貿易統計

日伯両国の貿易について述べる。日本とブラジルの貿易関係は、大まかにいうと、日本からは工業製品を輸出し、ブラジルから日本にはコーヒー、大豆、鶏肉、鉄鉱石などの資源・食糧を輸入する構造になっている。両国間の貿易額は年々低下傾向にある。日本からブラジルへの輸出が低下している背景には、今日、日本企業がグローバル化し、生産拠点を国外にシフトしている中で、東南アジアや中国で生産してブラジルに輸出する日本企業も増えていると思われ、二国間の統計では把握できない経済の実態があるからと思われる。また、これまで、日本のメーカーがブラジルへの投資を進めてきた結果、例えば、日本の自動車メーカーがブラジルでエンジンを生産し始めたこと等により、日本からブラジルへの輸出が減少しているとの側面もある。ただ、こうしたブラジルへの投資が多くの雇用を生み、地域経済に貢献していることも看過されてはならないであろう。また、ブラジルから日本への輸出も減っているが、これは、鉄鉱石のブラジルからの輸入が減っていることに起因している。

(2)日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議

ボルソナーロ政権が発足して間もない2019年4月、東京において日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議(日伯賢人会議)が開催され、筆者もオブザーバー参加した。同会議は、日伯両国の経済界などの重鎮が、両国経済関係強化に向けて中長期的観点から提言を行うことを目的としている。日本側出席者は、EUにおけるBrexitや米中経済摩擦等により世界経済の不透明感が漂っている中で、2億人の人口を抱え、豊富な天然資源や豊かな農業ポテンシャルを持つブラジルにプロビジネスの政権が誕生したことを歓迎し、今一度、ブラジル・マーケットに注目しているように思われた。これに対し、ブラジル側からは、民営化政策の中心人物であったサントス・クルース伯大統領府政府調整庁長官(当時)、ジョアキン・レビィBNDES(伯経済社会開発銀行)総裁(当時)が出席する等、ボルソナーロ政権の経済チーム中枢が参加し、同会議を極めて重視する姿勢が鮮明であった。ブラジル側としては、貿易面でも投資面でも中国への依存度が極めて高まっている中で、外国への経済依存度を多角化させたいという思いがあり、また、日系移民のおかげもあって、アジアにおける伝統的なブラジルの友好国として日本に対し、今一度、ブラジル・マーケットに注目してほしいとの強いメッセージの意欲を感じた次第である。なお、報道によれば、2020年6月、テレーザ・クリスチーナ農務大臣は対中農業輸出の重要性を強調する一方で、過度に輸出を中国に依存することに懸念を示し、輸出先の多様化を強調していた。また、2019年7月、飯島彰己経団連日本ブラジル経済委員会委員長(三井物産代表取締役会長)を団長とする代表団がブラジルを訪問し、サンパウロでブラジル側カウンターパートとの間で日伯経済合同委員会を開催し、日メルコスールEPAに向けた共同声明を発出した。

(3)メルコスールとの経済関係強化

サンパウロに所在するブラジル日本商工会議所は、「日メルコスールEPA準備タスクフォース」を立ち上げ、同EPAについての研究・分析を行うとともに、会員企業に対して同EPAに関する意識調査を実施し、その結果、8割以上の会員企業が「必要性を感じる」と回答した。その後、2019年4月に東京において開催された日伯賢人会議においても、両政府が「日メルコスールEPAを日伯二国間協定の可能性も含めて進めるための公式対話をできるだけ早く開始すべき」旨議論され、この内容を含む日伯賢人会議の提言書が安倍総理(当時)にも手交された。2019年7月にはサンパウロにおいて日伯経済合同委員会が開催され、様々なテーマについて非常に噛み合った議論が行われたが、この場においても「質の高い包括的な日メルコスールEPAが極めて重要である」ことを確認する共同声明がまとめられ、同経済合同委員会の日本側団長である飯島彰己経団連日本ブラジル経済委員会委員長は、帰国後、菅官房長官(当時)に同共同声明を建議した。我が国民間サイドでは、EUとメルコスール間のFTA交渉が妥結し、韓国メルコスール間でもFTA交渉が進展している中で、特に、自動車産業、電気・電子産業、機械・金属産業などの日本企業の危機意識が強い。

こうした中、ブラジル日本都道府県人会連合会(県連)は、2018年8月、ブラジル及びメルコスールとのEPAの早期交渉についての嘆願書を日本政府に提出した。山田県連会長(当時)によると、それまで各母県からは各県の農産品等の対ブラジル輸出促進の相談を受けており、様々な物産展を開催したが、なかなか結果につながらなかった、これは日伯両国で関税や行政手続きなどの貿易の様々な障壁があるからと考えている、こうした障壁を除去して県の特産品をブラジルにも輸出できるようにするためにも、メルコスールとのEPAが必要である旨述べていた。

(4)日本・サンパウロ間フライト

かつては、JALの機体がサンパウロまで飛んでいたが、その時の記憶のあるブラジル人からは、是非こうした路線を復活して欲しいとの声をよく聞く。2019年11月に、筆者がドリア州知事を訪問した折、ブラジルへの観光促進の観点から、同州知事より日本の航空会社のサンパウロまでの乗り入れの期待表明があった。他方、日本の航空会社のサンパウロまでの乗り入れはそれほど簡単ではなさそうである。かつて、JALが乗り入れていた頃は、競合他社は米国系やブラジル系の航空会社が中心であったが、現在では、欧州系や中東系の航空会社にまで競合他社が広がっており、競争がますます激しくなっている。現に、日本とサンパウロとの往復に当たっては、ドバイ経由のエミレーツ航空等、中東系航空会社を利用する乗客が多くなっている。こうした状況下、新型コロナウイルス危機の際には、サンパウロ駐在の日本人は、日本に帰るフライトが少なくなっていた中で、ドーハ経由のカタール航空で帰国する人も多かった。なお、2020年4月、茂木外務大臣には、カタールの外務大臣に対し、サンパウロからドーハ経由で帰国できる航空便の継続を働きかけていただき、非常にありがたく思った次第である。

3 日本企業の動向

(1)2019年の動向

2011年をピークに右肩下がりとなっていた日本企業の投資も2019年には復調の兆しが見られた。ソフトバンクが50億ドルの中南米投資ファンドを設立した結果、同ファンドによる対ブラジル投資が増えている。特に、ブラジルのスタートアップ企業への投資を活発に行い、注目を集めた。2019年第三四半期は、国別の対ブラジル投資額において日本が10億ドルで第1位となっている。スタートアップ企業については、ソフトバンクの例のように、日本のベンチャーファンドがブラジルのスタートアップ企業に関心を持って投資するケースもあれば、トラクターの自動運転のためのアプリケーションを提供している日本のスタートアップ企業にブラジルの農家が関心を持って顧客となるケースもある。今後とも同分野における両国の交流が活発になる可能性を秘めている。なお、中国は、ブラジルにおいて農業や送電線網等のインフラ分野でプレゼンスが大きいが、最近では、スタートアップ企業に対する投資の分野でも、ブラジルでのプレゼンスを伸ばしている趣である。国連貿易開発会議(UNCTAD)の調査によると、2019年の対内直接投資(FDI)ランキングでは、ブラジルは720億ドルを受け入れ、米、中、シンガポール等に次いで、世界第6位であったとのことである。

その他、王子製紙は、ブラジルにおいて、クレジットカードやデビットカードの決済端末で明細の発行のために利用される感熱紙のマーケットで大きなシェアを占めているが、2019年、サンパウロ州ピラシカバ市で新たに130億円の投資を行うことを発表した。旭硝子も、2019年、ブラジルにおいて2つ目となる新たな工場を立ち上げ、活動を活発化させている。トヨタも同年9月にソロカバ工場に10億レアルの新たな投資を行うことを発表した。

ダイソーもブラジルで活発なビジネスを展開している。ブラジルの高く、複雑な税制にもかかわらず、価格を比較的安く抑えるとともに、その品質が評価され、ブラジルでもダイソーブランドが定着しつつある。一度ブランドが定着してくると、様々なショッピングセンターから、是非ダイソーに出店して欲しいとのオファーが来るようで、出店料をより安く抑えた形での出店が可能となり、更なる店舗拡大を容易にしている。また、ショッピングセンターのみならず、スーパーマーケットの一角への進出も活発に行っている。現在、サンパウロ州を中心に、ブラジルでも店舗数を50以上に拡大している。

(2)農業ビジネス

ブラジルは、大豆、トウモロコシ、動物プロテイン等を中国に多く輸出するようになり、こうした輸出がブラジルの経済成長を引っ張っている。中国の需要により農業セクターが伸びていることは、日本企業にとってビジネスチャンスともなり得る。例えば、住友商事は、マットグロッソ州を本拠として農業機械・農薬・肥料等の販売を行うアグロアマゾニアを買収しビジネスを行っている。三井物産もサンパウロ州リベロンプレトの農薬の会社に出資している。こうした農薬・農業機械・肥料等の農業周りのビジネスの拡大は、日本企業にとってもビジネスチャンスであると思われる。そのほか、農業大国ブラジルも、スマート農業・精密農業(agricultura de precisão)の導入によりコスト削減、生産性向上を狙っている。例えば、先に述べた通り、日本のスタートアップ企業によるトラクターの自動運転のアプリケーションを利用し、無駄のない農薬・肥料の散布を行うことにより、コスト削減を行う取組にも関心が集まっている。

(3)食品産業

食品産業は景気の影響を受けにくいと言われている。日本企業では、味の素の粉末調味料である「サゾン」がブラジルで確固としたブランドを確立している。筆者は味の素のバルパライゾ工場を視察したが、かつて家畜飼料用のアミノ酸飼料を生産していたが、中国企業の安い飼料の進出を受け、ビジネスモデルを転換し、歯磨き粉に使われる歯の痛みを和らげる成分などの生産を行うなど、より付加価値の高いビジネスを行っている。また、日清食品もカップラーメンがブラジル人の間で定着してきている。なお、ヤクルトは2019年1月、サンパウロでブラジル・ヤクルト50周年の盛大な式典を開催した。多数のヤクルトレディを含め2000名が出席していた。ヤクルトレディがブラジルでも定着している様子が伺われた。

(4)イノベーション

JETROサンパウロ事務所も、総領事館とともに、2019年11月にジャパン・ハウスSPを使ってオープンイノベーション交流会を開催する等イノベーション分野における両国ビジネスの交流をバックアップしている。こうしたイノベーション分野の日伯交流において、スペインで勉強した若手日本人が重要な役割を果たしている。

NTTデータは、スペインのIT企業であるEverisを買収したが、Everisはブラジルを始めとする中南米で積極的なビジネスを展開している。スペイン企業は中南米地域で特に金融や通信等の分野に強みを有するが、こうしたスペイン企業の強みを活用した事例である。米国経由で南米ビジネスを進める日本企業が多い中で、スペインから南米マーケットを攻める事例となった。先に、スペインで勉強した若手日本人がイノベーション分野でも活躍していると述べたが、日本と中南米の経済関係強化に当たってスペインが重要な役割を果たしていることが窺われる。スペイン企業は90年代以降、歴史的なつながりを背景に、テレフォニカ、サンタンデール銀行等が中南米の通信、金融、電力等の分野に進出し、今やスペイン経済を支える稼ぎ頭に成長している。中南米地域におけるこうした第三次産業分野へのスペイン企業の進出を見るにつけ、やはり言語が近いことのメリットは大きいと感じる。

NECは、ブラジルにある14の国際空港に顔認証システムを導入しており、密輸業者等の摘発に効果を上げた結果、ブラジル政府にとっては効果的な投資となった由である。日本政府は、過去20年近くにわたり、サンパウロ州軍警察に対して交番制度の導入のための協力を行っており、その協力の成果もあり、サンパウロ州はブラジルの27州の中で最も殺人比率が低い州となっている。こうした我が国官民の協力により、ブラジルの治安改善の面が見られることは、我が国の重要な貢献ではないかと考えている。他方、日本企業の顔認証システムは、ブラジルにおいても価格面で中国企業との厳しい競争にさらされている。

なお、日伯協力の成功事例として位置付けられているのが、地上デジタルテレビ放送日本方式のブラジルによる採用である。この日伯方式が他の中南米諸国にも横展開し、ブラジルを通じて日本方式を中南米に普及することができた。総務省はこうしたブラジルとの協力事例を広くICT(情報通信技術)分野全般で行うことにつきブラジル政府と協議を行っている。なお、2020年6月、遠隔医療システムを国際展開するアルム社は、米州開発銀行(IDB)の支援を得て、新型コロナウイルス対策としてサンパウロ州で遠隔医療を展開することになった。

(5)減少傾向の駐在員

当地駐在の日本の駐在員は減少傾向にあると言われている。ブラジル経済の後退により企業の収益が伸び悩んだことや、ブラジルへの駐在員の派遣は税金などコストがかかることがその背景にある。本社に対して駐在員を減らすよう進言している日本企業現地法人社長もいると聞く。駐在員を減らすことにより、人件費を減らすことができるとともに、その空いたポストにローカルスタッフを配置することができ、それがローカルスタッフにとっても励みになり、組織が活性化することがその理由であるとのことだ。ブラジルにおいても、現地採用の人員を代表に置く日本企業も増加傾向にある。3~5年程度の任期で交代する日本からの駐在員の社長よりも、当地を生活拠点とするブラジル人(又は他の中南米諸国出身者)がトップを務める方が、ビジネスが円滑に回ると判断している日本企業もあるようだ。コロナ危機によってオンラインによるコミュニケーションが活発になる中で、更に駐在員の数が減るのか定かではないが、ある日本企業関係者によると、現地の事情に精通した駐在員の重要性はむしろ高まる傾向にあり一定数は必要で、オンライン会議の普及により、本社からの出張者が少なくなる可能性があるとの見方を示す向きもあった。

なお、世界の様々な国で駐在を経験した後にブラジルで駐在している日本人の中には、他国と比較して、ブラジルでの日本・日本人に対する尊敬の念が非常に強いのを感じると話す方も多い。これも、日系人の方々が長年に渡ってブラジルで培った日本への信頼の賜物であろう。サンパウロは、対日感情も良好で、日本食材、日本食、日本レストランも豊富にあり、標高800メートルに位置することから気候も穏やかであり、治安を除くと住みやすい街だと指摘する日本の駐在員も多い。夏には30度を超えることはあるが日本のような湿気はなく、冬も10度を下回ることはあまりない。治安についても、サンパウロ州は10万人あたりの殺人件数が改善しており、ブラジル27州で最も低い数値となっている

ブラジル及びサンパウロ州における10万人当たり殺人事件犠牲者数の推移(サンパウロ州政府資料)

(6)日系社会支援

当地進出日本企業は、日系社会への支援も積極的に行っている。東洋人街リベルダージにある移民史料館の修復は多くの日本企業の協力により実施されている。また、2018年は、日本人のブラジル移住110周年の年であり、トヨタやホンダが車等を提供し、こうした車を景品としたくじ(Rifa)によって多額の寄付を集め、多くの110周年関連行事が実施された。その他、トヨタはブラジル野球選手権のスポンサーを務め、ホンダは日系人を対象としたゴルフ大会のスポンサーを務める等の協力を行っている。さらに、多くの日本企業がサンパウロ日本祭りに参加し、日系社会と進出日本企業との協力関係が進展している。三菱電機は、ジャパン・ハウスSPのゴールド・メンバーとなって、会社のプロモーションのためにジャパン・ハウスSPを積極的に活用しているのに加え、若手日系人グループであるJCI(ブラジル日本青年会議所)の清掃活動への支援、日系卓球選手及びコーチへの支援等の活動を行っている。こうした選手・コーチが2021年の東京オリンピックで活躍することが期待されている。日系人は日本企業で活躍している人材も多いが、日系人材と日本企業のマッチングを促進するために、総領事館は帰国国費留学生の報告会をジャパン・ハウスSPで開催し、日本企業との接点を探っている。

4 総領事館による日本企業支援の取組

(1)治安情報の提供

日本企業支援の観点からは、当地における安全情報について、駐在員を含む在留邦人に対して迅速に提供することが重要である。総領事館では、在留邦人が巻きこまれた犯罪について認知した時点で可能な限り迅速に情報提供しているほか、要望に応じて、日本人学校や日本企業に対して安全講話を実施している。また、2020年1月には、日本人の安全対策専門家をサンパウロに招き、駐在員を含む在留邦人に安全対策セミナーを開催したところである。

(2)新型コロナウイルス感染症対策

サンパウロでは、2020年2月下旬に最初のコロナ感染者が確認されてから、以後、深刻な経済的・社会的影響を受けている。こうした中、総領事館の重要な役割が、連邦政府、州政府などの発する様々な方針、情報などをできるだけ正確に、迅速に在留邦人に提供することであった。また、サンパウロは、欧米を結ぶ国際商用線が運行していたが徐々に本数が減らされたこともあり、短期滞在者や帰国する必要のある方については、早めの帰国を勧めるとの領事メールを発出した。欧米諸国も概ね同様の渡航勧告を発出していた。こうした中、駐在員の家族の方には帰国された方も比較的多かったと承知しているが、残って引き続き業務に従事する駐在員の方もおられた。当時、サンパウロでも感染が拡大し、いずれ医療崩壊の可能性も否定できない状況にあったが、日本に帰国するとなると、長時間フライトによる感染リスク、帰国後14日間の隔離義務などもあり、また当地での業務も残っていたことから、駐在員の中には、帰国されなかった方も多かったようだ。何れにしても、サンパウロでも自宅隔離措置が続く中で、総領事館としては、日本企業の方々の様々な相談に応じた。

(3)定例昼食会

ブラジル日本商工会議所では、毎月第3金曜日に定例昼食会を開催しており、そこに多くの日本企業が参加しているが、同昼食会において、筆者より、総領事館の活動状況、治安情勢等を報告し、日本企業への情報提供に努めた。

(4)ブラジル当局への申し入れ

日本の農薬メーカーの悩みは、ブラジルの規制当局の認可を受けていない違法な農薬が密輸によってブラジル市場に入り込み、正当な手段で農薬を生産・販売している農薬メーカーのビジネスを侵害していることである。また、タバコの密輸による低価格の違法タバコの被害に苦しんでいる日本のタバコメーカーもある。ブラジルでは、マーケットで販売されるタバコの半分以上を違法タバコが占めているとのことである。こうした問題に関しても、総領事館から当局に対し、然るべく取締りを行うように求め、日本企業の側面支援を行っている。

(5)中小企業海外展開支援

我が国は人口減少社会を迎えており、今後、国内のマーケットは収縮していくものと考えられる中で、日本政府は中小企業の海外進出を積極的にサポートすることとしている。大企業にとってもそれほど簡単ではないブラジルのマーケットにおいて、我が国中小企業が成功を収めることは更に困難を伴うものと思われるが、ブラジルで良きパートナーを見つけて成功を収めている中小企業もあり、総領事館としても中小企業のブラジル進出を側面支援している。2020年2月上旬には、JICAが実施する中南米日系社会との連携調査団として、10社以上の我が国中小企業がブラジルを訪問し、ビジネスチャンスを探った結果、今後につながる成果もあった。2019年8月にサンパウロを訪問したある日本人若手実業家は、筆者に対し、1908年に日本人のブラジル移住が始まった当時、日本には職がなく、仕事を求めて多くの日本人がブラジルに渡ったことに現れているように、日本国内は当時危機に直面していたが、現在もまた、日本は人口減少・超高齢化社会という危機に直面している、当時の日本人が海外に出て行ったように、現在の日本人も海外に打って出る勇気が求められていると発言していたが、それが強く印象に残っている。日本政府はJETROの国内地方事務所とも連携しつつ、日本各地の中小企業のブラジル進出を側面支援している。

5 新型コロナウイルスが進出日本企業に与える影響

新型コロナウイルス危機がブラジル経済・社会に大きく影響を与えている中で、当地進出日本企業にも大きく影響を及ぼしている。コロナの影響により、2011年〜2020年は、ブラジルにとって「失われた10年」と言われた1980年代以来の低成長になるおそれがあると指摘する向きもある。こうした中でも、農業及びそのロジスティックやヘルス関係は引き続き堅調のようであり、食品関係も、レアル安により輸入原料の価格高騰の影響はありつつも、やはり食料はこの危機下でも不可欠であるということでそれなりのニーズがある模様である。これに対し、経済・雇用への波及効果の大きい自動車関係は大きな影響を受けている模様であり、今後の動向を注視する必要がある。