会報『ブラジル特報』 2010年月号掲載
<サッカー・ワールドカップ関連寄稿>

                 沢田 啓明(サッカー・ジャーナリスト 在サンパウロ)


迫ってきたサッカーW杯

 4年に1度行なわれるサッカーのワールドカップが、いよいよ近づいてきた。6月11日から7月11日までの31日間、南アフリカ各地で行なわれる。

 19回目の大会だが、アフリカ大陸で行なわれるのはこれが初めて。治安上の不安がないわけではないが(筆者は1996年のアフリカ選手権を取材した際、到着初日に貴重品を含む所持品すべてを強奪された経験がある)、アフリカらしい民族色豊かでエネルギッシュな大会になることを期待したい。

 過去の大会の優勝国は、ブラジル(5回)、イタリア(4回)、ドイツ(3回)、アルゼンチン、ウルグアイ(いずれも2回)、イングランド、フランス(いずれも1回)。この7カ国が、これまでの18大会の覇権をたらい回しにしてきた。
 「ワールドカップで優勝するためには、すでにワールドカップで優勝していることが必要」といわれるように、この分野の新規参入はなかなか困難。今大会は、この7カ国にスペイン、オランダ(過去に準優勝2回)を加えた9カ国が優勝争いを演じるのではないか。


優勝候補のブラジル

 優勝カップから最も近い位置にいるのは、ブラジルとスペインだろう。
 ブラジルは、伝統的に攻撃力が看板。華麗なテクニックを備えた選手たちが豊富なアイディアをピッチ上に描いて次々に相手ゴールを陥れ、世界中のサッカーファンを魅了してきた。守備に多少の弱点があっても、失点を上回る得点をあげて勝つ。
 ところが、2006年ワールドカップ終了後に監督に就任したドゥンガは、大柄でフィジカル能力が高い選手を起用し、強固な守備の組織を構築。人数をかけてしっかり守り、相手ボールを奪うとあまり手数をかけずに効率よく攻めるというスタイルを採用した。ブラジルサッカーの伝統にはそぐわないスタイルだが、07年のコッパ・アメリカ(南米選手権)を制し、08年のコンフェデレーションズ・カップ(各大陸王者を集めた大会)で優勝。10年ワールドカップ南米予選でも、宿敵アルゼンチンがもたつくのを尻目に、首位で勝ち上がった。
 
基本フォーメーション(GKを除く選手10人の最後尾からの並べ方)は、4?2?3?1。GKジュリオ・セザールは反射神経が抜群で、世界最高レベルの名手。右サイドバックのマイコンは、センターバックも務まるほどの巨漢だが、抜群のスピードと運動量で攻守に貢献する。センターバックは、主将ルシオとフアン。いずれも欧州のビッグクラブで活躍しており、連携も良い。左サイドバックは唯一人材不足のポジションだが、今季好調のミッシェル・バストスが先発しそうだ。ボランチ(守備的ミッドフィールダー)は、守備に重点を置くジウベルト・シウバと攻撃参加もできるフェリペ・メロのコンビだ。




期待されるスター選手のカカ

 攻撃的ミッドフィールダーは3人で、右からエラーノ、カカ、ロビーニョ。カカは強さ、速さ、うまさ、優れた判断力を兼ね備えたスーパースターで、1997年の世界最優秀選手。ロビーニョは、抜群のスピードとテクニックを持つ世界最高レベルのドリブラー。センターフォワードは、決定力抜群のルイス・ファビアーノ。10代の頃にチームメートと喧嘩をしてクラブを退団させられたことがあり、プロになってからも試合中に相手選手を殴って退場させられることが珍しくない選手だったが、結婚して子供が生まれてから人柄が一変。試合中にラフプレーでレッドカードをもらうことも(全くなくなったわけではないが、めったに)なくなった。
 いつの大会でも、サッカー大国ブラジルの目標は優勝。「2位もビリも同じ」と考える国民性であり、ノルマも優勝(優勝を逃した場合、この国では「ワールドカップを失った」と表現する。つまり、勝つのが当たり前、という考え方がその根底にある)。
 このチームで、ここまでドゥンガはほぼ完璧な結果を出してきた。ただし、肝心なのはこれから。ブラジル国民の望むプレースタイルではないだけに、結果(即ち優勝)が出なければ痛烈な批判を浴びるのは必至。ドゥンガは、選手時代に90年大会で惨敗し、徹底的に糾弾されたことがある。仮に今回優勝できなければ、ドゥンガに対する批判はすさまじいものとなるはず。家族ともども、大変な苦しみを味わうことになる。ドゥンガも、それを百も承知で、大げさでなく命がけで頂点を狙う。



ブラジルの対抗馬はスペイン
 このブラジルと優勝を争うと見られているのが、スペイン。シャビ、イニエスタら小柄だがテクニックの高い選手が揃っており、中盤のパス回しは見事。現在のブラジルはあまりブラジルらしくないチームだが、スペインの方が従来のブラジルのイメージに近い。ただし、技術はあってもフィジカル能力が少々物足りないきらいがあり、中盤と最終ラインの守備に若干の不安がある。また、これまでワールドカップで決勝に進出したことがなく、過去最高の成績が1950年大会のベスト4というのも懸念材料だ。
ブラジル、スペイン両国に次いで下馬評が高いのが、サッカーの母国イングランド。攻撃陣にルーニー、ジェラードら優秀な選手がおり、守備も堅い。泣き所は、優秀なゴールキーパーがいないことと選手層が薄いこと。また、過去の大会で肝心な試合で勝てないことが多かった勝負弱さも気になるところだ。

 前大会優勝のイタリアは、世界最高レベルの戦術を駆使してしっかり守り、少ないチャンスを得点に結びつけるのが伝統のスタイル。主力選手が高齢化しているのが不安材料だが、この国は下馬評が低くても本番になると急に強くなるから、油断できない。
 ドイツは、地元開催の前大会で3位と健闘した。伝統的に高いフィジカル能力を生かした無骨な戦い方をするが、最近は若手に技術が高い選手が出てきている。非常に勝負強く、困難な状況になっても絶対にあきらめないしぶとさがある。
 アルゼンチンは、南米予選の途中からかつてのスーパースター、マラドーナが監督に就任。ところが、前任者のときよりも成績が下降し、辛うじて4位で予選勝ち抜きを決めた。マラドーナの監督としての経験、能力が未熟であることはまちがいないが、選手には現時点で世界ナンバーワン・プレーヤーであるメッシら名手が大勢いる。ただ、いつになく守備が脆弱なのが懸念材料。それでも、ブラジルのサッカー関係者は例外なくアルゼンチンを警戒している。
 ウルグアイは、ワールドカップで優勝したのが1930年と1950年という古豪。最近の成績は振るわず、今大会でもベスト16に残れたら上出来だろう。
 オランダは、攻撃的なスタイルが魅力。今回のチームも、スネイデル、ファン・ペルシ、ロッベンら能力の高い攻撃の選手が大勢いる。弱点は、勝負弱いところ。1次リーグで日本と同組で、2戦目(6月19日)に日本と対戦する。

未だ力不足の日本

 日本は、岡田監督が「ベスト4以上を狙う」と公言する。しかし、残念ながら、テクニック、フィジカル能力、戦術の浸透度などで世界レベルに及ばない。ベスト16入りも極めて困難で、現実的な目標は2002年の地元大会以来8年ぶりの勝利をあげることか。その可能性は、緒戦のカメルーン戦(6月14日)が最も高いのではないか(逆にいえば、この試合を落とすと、勝利を挙げるのは極めて困難となりそう)。
 強豪国が順調に勝ち進むと、私の予想では準々決勝でブラジルとオランダ、スペインとイタリア、イングランドとフランス、ドイツとアルゼンチンの顔合わせとなる。この8カ国すべてに優勝の可能性があるが、決勝はブラジル対スペインの対決になるのではないか(ワールドカップに番狂わせはつきものなので、外れることを半ば承知での予想なのだが)。もしそうなったら、ブラジルの2大会ぶり6度目の優勝なるか、スペインの悲願の初優勝なるか。両チームの特徴からすると、「スペインの攻撃」対「ブラジルの守備」という展開になりそうだ。




 大会が無事に進行し、世界サッカーの歴史に残る好勝負が続出することを期待したい。