これからの日系日本語学校-何のために日本語を勉強するのか

執筆者:丹羽 義和 氏
(ブラジル日本語センター)

 

「日本語学習目的」

前回お伝えしたように、1990年代初めまで、日本語を教えている学校は日系日本語学校がほとんどでした。2000年代に入ると、日系日本語学校だけではなく、公教育機関(小中高校)や語学学校(主に英語やスペイン語を教える)に広がり、拡大傾向にあります。

※日系日本語学校とは日伯文化協会(日本人会)や個人が運営している寺子屋式の日本語学校で、ブラジル文部省の正式認可の無い「私塾」を指します。

同時に、日本語を勉強する目的も多様化しています。従来の日系日本語学校は、日本の文化や習慣や行事などを教え、地元コミュニティーやブラジル社会の発展に寄与する人材を育成することでした。しかし、現在は、日本語を将来の手段として学んだり、日本語そのものへの関心やポップカルチャーや科学技術など、個人の興味を満たす目的へと、どんどん広がっています。そこで、各教育機関を教育目標別に、整理してみました。

※ただし、現状は広いブラジル国土に日本語学校が点在している状態なので、学習者が「この学校にはこのような教育目標があるから入学する。」と教育目標と学習目的が一致しているから、学ぶという形ではなく、少しでも自分の目的を果たそうと地域に一つしかない学校に通っているケースも多いと思われます。

「機関別の教育目標」
  1. 日系日本語学校
    経営主体である日伯文化協会の事業目的は下記の3点だと思います。

    1. 日本語の習得
    2. 公教育だけでは得られない人間教育、人材育成
    3. 日本文化、日本的習慣を学び日系社会の後継者となる。

    ※前述のように学校側の教育目標とは異なる学習目的を持って、地域の日本語学校に入学するケースが多く、日系より非日系学習者の方が多い日系日本語学校もあります。これらの学校では、前述の目的だけではなく、非日系学習者のニーズにも対応できるよう、工夫を凝らしています。

  2. 公教育機関(大学を除く小中高校) 
    • 公立校の場合
      ①日本語の習得
      ②他国の文化や習慣の理解
      ※新しい動きとして、アマゾナス州のマナウス市の州立校で全日制のポルトガル語・日本語のバイリンガルコースが2016年に開設されました。6年生から9年生までの4年間、「日本語」「数学」「理科」を日本語・ポルトガル語の両言語で学ぶ完全なバイリンガルコースです。この導入には日本に好意的な州知事のリーダシップが大きかったと伺っています。是非とも良い成果が得られるよう、関係者全員が応援しています。
    • 私立校の場合(特に、日伯文化協会や日系人が経営する学校には前述の①、②に加えて「ブラジル文化だけではなく日本文化や習慣を身につけた国際性豊かな人材育成」があります。
  3. 語学学校
    学校の性格からして文化習慣を学ぶことより、言葉の習得が重視されています。また、語学学校には子供の学習者は少ないと思います。

 

 

 

「教育目標の共通性」

ここまでの内容で、「日系日本語学校」と「日系団体あるいは日系人が経営する私立の小中高校(日系私立校)」に「人間教育・人材育成」という共通点があることにお気付きだと思います。この共通点は子供が対象であることに起因します。ブラジルの公立校の授業体制は、「午前のクラス」、「午後のクラス」、「夜間クラス(高校になると)」と2部、あるいは3部体制になっています。つまり、小中学校では午前か午後のどちらかの部を選んで通学することになり、日本とは異なり、クラブ活動や課外活動は基本的には行われず、学校生活は半日となっています。

このような状態であったので、日系日本語学校では単に言葉だけではなく、公教育校では学べない課外活動(学級活動、部活動、学校行事)を通した人材育成、社会教育面の補完も担ってきました。しかし、日系人の人口が多く、経済的にも経営が成り立つサンパウロ市や近郊都市では、私立の小中学校が増え、教育内容も充実してきており、日系日本語学校が補完してきた役割を果たしています。

また、現在の日系私立校には日本語学校や幼稚園から、小中学校へと発展したケースが少なくありません。今後もこのように日系日本語学校から公教育校への脱皮を図る傾向は続くと思われます。

 

「日系日本語学校の今後」

このような傾向が続けば、サンパウロ市及び近郊の子供を対象とした日系日本語学校の役割は公教育機関の補完的なものではなく、ポップカルチャーも含めた日本文化や日本をより深く学び、これらを理解するだけではなく、身に付けることへと進展していくかもしれません。当然のことながら、成人を対象とした場合は、より効果的に日本語学習が進むと同時に、専門的な日本語を学ぶことができる語学学校としての役割も増していくと思います。

ここで留意しておきたいのは、幼少年学習者の場合は躾教育を求める場合も多く、時代に適った対応が大切になってくると思います。

 

「日本語教師の背景」

学校の教育目標から日本語教師の背景に視点を移します。先ず、日系日本語学校や語学学校では教員資格は必要ありませんが、公教育機関の小中高校で日本語を教えるためには教員資格が必要となります。現在、日本語の教員資格を取得できる大学は8校となっています。

これらの大学の日本語の先生の大半は日系人で、日系コニュニティーで育ち、子供の頃、日系日本語学校で学んだ方々です。つまり、今、大学で日本語の先生を育てている「先生の先生」は幼少のころ、日系日本語学校や地域の日系コニュニティーで、日本語だけではなく、日本の文化や習慣を身につけた方々です。現在、この「先生の先生」が定年を迎える時期に差し掛かっています。これらの方々に続く層は、日系日本語学校や地域コミュニティーで実際に日本文化や習慣を身につけた方だけではなく、異文化として日本語を学んだ方々(ブラジル人日本語教師)へと移行しています。この状態では日本語教師を育てる立場にある先生の日本文化や習慣に対する習熟度が異なります。

同様に公教育機関で教える教員資格を持った方だけではなく、その他の機関で教える先生方も同じ傾向にあります。

 

「日本文化習熟の必要性」

教員資格を与える大学に勤めるある非日系の教授から、このような状態の改善案として、次のコメントを伺いました。

自分は大学を卒業し、日伯文化協会が運営する日系日本語学校に就職した。勤め始めて間もなくの頃、学校の役員から「先生、アコーディオンが弾けますか。」と聞かれ、「はい。」と答えたら、「じゃ、すぐ用意するから、先生、子供に日本の歌を教えてください。」と言われ、驚くやら、慌てるやら大変だった。

これを聞いた時につい、笑ってしまいましたが、同時に「なるほど」と思いました。なぜならば、今までの日系の先生であれば、自然に日本の歌を覚えることができ、なにも困らなかったはずです。ところが、大学で初めて日本語を学び先生になった人にとっては、日本の歌は自然に覚えるものではなく、意識して覚えるものです。ましてや、子供に教える歌であれば、知らなくて当たり前だと気が付いたからです。

さらに、話を伺うと、日本の季節の行事であるお正月、ひな祭り、鯉のぼりなどの年中行事や運動会、敬老会などにも参加し、その習慣や行事を学ぶと同時にその効用も知ることができたそうです。また、教室内の整理整頓や掃除など、しつけ教育にも取り組んだそうです。

この先生は日系日本語学校での教師生活を3年続け、次の段階に日系団体が運営する私立の小中高一貫校に勤め、その後大学の教員採用試験に合格し、連邦大学の教授となりました。現在は連邦大学の日本語学科の「先生の先生」として教育省のカリキュラム作成に携わっています。

 

「先生の先生の育成」

この先生が「現在、パラナ州では、英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語などに加えて、ウクライナ語、ポーランド語などが教えられている地域もある。しかし、どの言葉も○○文化というTシャツを着せることはできない。しかし、日本語を学べば、日本文化というTシャツを着ることができる。つまり、日本語は言葉を学ぶことによって文化も身につけることができる。」と言われたのが印象的でした。きっと、ヨーロッパ文化に慣れ親しんだブラジルでは、背景の異なる日本語などの言葉や文化を学ぶことは人間形成にとって大切だと改めて思いました。

さらに、この先生から、「可能であれば、自分の教え子が教壇に立つ前に、日系日本語学校で半年から1年、教育実習をしてもらいたい」という言葉を聞き、ブラジルの日本語教育を高いレベルで維持、拡大していくためには、先ず、立派な「先生の先生」となる人材を育てることが今後の日本語教育の基盤となるのではないか、そして、この立派な先生とは日本語能力だけではなく、日本文化も身に付けていることだと気付かされました。

ブラジルには世界一といって良い日系人社会が存在し、ここと協働すれば、日本の文化や習慣を身に付けることは可能であり、前述した日系日本語学校の役割の一つにある「日本の文化や習慣を身に付けた人材育成」も大切になることに気が付きました。さらに、ブラジルには家庭の事情により日本で教育を受けて、ブラジルに帰ってきた帰国子女も多くいます。この最新の日本文化の定着に寄与する存在も大きな宝だと思います。

このように立派な先生を育成する環境は整っています。しかしながら、現実的にはなかなか、日本語教師として独り立ちしている先生が少ないのが現状です。この原因の一つに先生の待遇問題があります。この問題に関係者一同で取り組み、これからの新しい日本語教育の発展のために努力していきたいと考えています。

 

連載70:ブラジルの日本語教育 その1