斎藤敏男
(株式会社ティー・エス 会長)
ティー・エス グループは、2015 年に私が設立した株式会社ティー・エスを中核とする企業グループ。人材派遣業の「株式会社 ティー・エス」に加え、農業生産法人の「ティー・エスファーム」、「学校法人 ティー・エス学園」、埼玉県認可保育所である「れいんぼー保育園」の4 団体で構成される。これらが相互に助け合う形をとることで、経営の安定と地元への貢献を達成している。
株式会社ティー・エスは、1995 年に設立され、私は会社の経営方針として全国のパートナーと個人的信用を築くことに力を入れてきた。パートナーとの関係強化のために全国を飛び回った。
このようにして築いたネットワーク力を活用しつつ全国から優秀な人材を採用・確保することができた。また、事務所近隣に家族で生活できる生活備品付きの社宅を完備し、全国から引っ越してきても翌日から安心して就労できる環境を整えた。このような方針の下で企業活動を継続する中で、最盛期には、埼玉県を中心に400 人以上の人材を派遣するまでになっていた。しかしながら、2008 年にリーマンショックが発生したのを境に経営が大きく悪化した。
せっかくここまで育てた株式会社ティー・エスは、存続の危機に直面することになってしまった。大きなショックを受け、悲嘆にくれる日々が続いた。しかし、悩んでばかりいても仕方がないので、どうやって会社を立て直すかを考え始めた。そんな時、目を付けたのが農業だった。
安定した農業経営が加われば、人材派遣業の不振をカバーすることも可能かもしれないと考えたのである。農業経験のない私にとってすべては未知の領域で、地元の方々の助けも借りて試行錯誤の毎日が続いた。地元の方々や役所のご支援も得て耕作用の土地を確保し、農業生産法人のティー・エスファームを立ち上げることができた。作物を何にするか検討に検討を重ねた結果、消去法で最後まで残った地元の優良作物である「ねぎ」を栽培することに決めたのである。結局、この決断が大きな成功につながった。現在、毎日7 トン~ 8トンのねぎを出荷している。年間では約2,500 トンに上る。ブランド名を「葱王( 当初は「ねぎ王」)」として販売した結果、好評を得て、現在の出荷先はデパートや有力スーパーである。株式会社ティー・エスを立ち上げた当時、家族同伴の派遣社員の希望として多かったのが、子弟の教育のための学校であった。そこで、学校法人ティー・エス学園を設立した。外国人児童対象の教育機関として子弟に対する教育を行ったところ、働いている間子供を安心して預けられる学校として好評であった。このことは、派遣人材の定着という効果も生んだ。この学校では、ブラジル人子弟のみならずフィリピン人等の外国児童も受け入れている。将来的には、インターナショナル・スクールにする構想だ。また、日本では保育園不足が大きな社会問題となっていることも踏まえ、埼玉県認可保育所である「れいんぼー保育園」を設立した。現在「学校法人ティー・エス学園」に56 名、「れいんぼー保育園」に41 名の児童が在籍している。
私は、ロンドリーナ州の大学で体育教師をしていたが、いわゆる出稼ぎブームに乗って1990 年に来日した。当初は、妻と二人しゃにむに働く日々が続いたが、もともと世話好きで、すすんで同僚の手助けなどをしていたこともあり、それを見ていた知人の日本人経営者の勧めもあり、派遣会社を興した。ブラジル人のメンタリティーをよく知り、面倒見もいいということで、好評であった。他方、受け入れ先からは、派遣人材に対する日本語教育や日本市場についてのオリエンテーションなどが好評であった。現在、リーマンショック以前の400 人には及ばないが、約100 名の人材を派遣しており、受け入れ先からは高く評価されている。人材派遣業は、最近では、同業者も多く、過酷な競争に直面しているが、質の高い人材という点では、一歩抜きんでていると自負している。
日本に対する気持ちは「感謝」である。幼少のころから父に、「世の中に感謝して、お返しをするように」と常に言われ続けてきた。その言葉を少しでも実践すべく生きてきた。職場のブラジル人同胞の手助けや会社を興してブラジル人派遣労働者の職場環境の整備等に取り組んできたのもそのような父の言葉に応えるためだ。
2011年の東日本大震災の際には、今こそ日本に恩返しの時が来たと考えた。被災地の希望を聞いたうえで、コメを3 トンかき集め、震災の2 日後には被災地に向かった。この話は、テレビでも取り上げられ、「家族を守れ、神様のバス」として報じられた。
私は、もうブラジルに戻るつもりはない。その代わり、ここにいて次世代の人々を支援していきたい。現在、2名の枠で奨学金を支給し、若い世代の大学進学を支援している。年間一人100 万円を支給しているが、将来的には、さらに枠を拡大したい。
平成30(2018)年度の外務大臣表彰をいただいた。この栄誉に応えるべく今後とも日本とブラジルの関係強化のために努力していきたい。
(本稿は、編集部が本人にインタビューした結果をもとに取りまとめたものです)