執筆者:藤沢 圭子 氏(HN: Shiomin)

ブラジルのポルトガル語(伯葡語)は、ポルトガルやアフリカ葡語圏諸国のポルトガル語 (欧州葡語)と比較すると、発音がはっきりしているという点では日本人にも聞き取り易いと言えるのですが、その分一つ一つの音が「重い」とでもいうか、音節一つ一つがはっきりしている代わり、英語由来の外来語などを発音する場合、欧州葡語話者であれば上手に発音できるような単語であっても、ブラジル人が発音すると、元の英語の発音から遠くかけ離れてしまう傾向があります。

例えば、「Hot-Dog」が良い例です。

「hot」「t」も、「dog」「g」も、単独では音節を成すことがない無声音ですので、「hot」「dog」それぞれが1音節で、「hot-dog」全体で2音節となります。

これを、欧州葡語話者が発音した場合は、稀に「h」を発音せずに「ot-dog」のように発音する人がいなくはないものの、音節数という観点からは問題ない発音となります。

ところが、ブラジル人がこれを発音すると、「ホッチドッギ」「オッチドッギ」のようになってしまい、音節的にも「ho – ti – do – gi」と、4音節に増えてしまいます。

とはいえ、日本語の場合は「文字」=「音節」なので、「ホットドッグ」は 6 文字で6音節ということになりますから、それを思えばブラジルのポルトガル語の方がまだマシだとの見方もあるかもしれませんが、言葉の壁がある者同士のリアクションとなると、そうもいきません。

日本人には、日本語では無声音を表すのに最も適しているのは、基本的に「う段」であり、「-c」「-k」なら「ク」「-g」なら「グ」「-s」であれば「ス」「-sh」であれば「シュ」で、「『-t』の場合は『トゥ』なんだろうけれど、それは言いにくいから『ト』が一番しっくりくるに決まっている!」といった既成概念があります。

これと全く同じように、ブラジル人は、「どう聞いたって、無声音の『-t』に一番近いのは『チ』だし、『-g』に近いのは『ギ』だよなぁ」と信じて疑いません。

ですから日本人は、「ブラジル人は『ホッチドッギ』とか言ってかっこ悪いったらありゃしない」と思ったり言ったりしてしまいますし、ブラジル人はブラジル人で「日本人は『ホッチドッギ』のことを『ホットドッグ』とか言うから何いってるんだかわからない」といった意見が聞こえてきます。

ちなみに、ポルトガル語圏でホットドッグは、ファーストフード店のメニューなどでは「Hot-Dog」と書いてあることもありますが、正式なポルトガル語では「cachorro quente」(発音は、伯葡語で「カショーフ・ンチ」、欧州葡語で「カショ―る・ントゥ」)といい、これは「hot-dog」の直訳なので、更に日本語に直訳すると、「熱犬」ということになります。(これはこれで、何気にショッキングですね…。)

しかも「バーガー?それともドッグ?」といった略した表現をする場面では「cachorro」と略することもあります。その結果、アフリカ葡語圏に行くとメニューにも「Cachorro」とだけ記してあることがあり、これには流石に私もちょっとだけ面食らってしまいます。

「こんなメニューは嫌だ。どんなメニュー?」

「『犬』という料理がある。」

「IPPO—-N!!!」

といったところでしょうか…。笑

ところで、この外来語の発音絡みの問題の中でも私が若い頃から、これぞ極め付きだと感じているのが、「Robert Redford」です。

※ ロバート・レッドフォードとは、ご存じのとおり、アメリカの俳優/映画監督/映画プロデューサーです。

英語「Robert Redford」は、「Ro – bert – Red – ford」4音節

伯葡語では「Ro – ber – ti – Re – di – for – di」7音節

日本語「ロバート・レッドフォード」に至っては、「ロ・バ・ア・ト・レ・ッ・ド・フォ・オ・ド」で、驚きの10音節です。

おっと、いけない!
「グ・リ・コ」、「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」、「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」
と「遊んだのを思い出してしまいました…。 ( *´艸`)

ちなみにブラジル人が7音節で「Robert Redford」を発音すると、「ーベルチ・ヘッジフォルジ」になってしまうのですが、なにかと偏見だらけで何でも日本人が正しいと思って疑わなかった私の母などは、

「ホーベルチ・ヘッジフォルジだなんて、汚くて聞いていられないわ。
ロバート・レッドフォードに失礼ってもんだわよねぇ~…」

などと、「ほざいて」おりました…。

が、時は「 スティング」や「華麗なるギャツビー」などが大ヒットしたレッドフォードの全盛期ともいえる時代です。

ブラジル人はブラジル人で、日本語では「Robert Redford」のことを「ロバート・レッドフォード」と言うのだと知ると、「何、そのダサいの~?!」と、大笑いです。

これって
あまりにも馬鹿らしい「どんぐりの背比べ」
…ですよね…。

その頃、思春期真っ只中だった私はというと、どちらの意見も聞き流しつつ、ブラジル人と母のような日本人がやってきて、「『どっちが正しいと思います?当然私ですよね!!』と迫られ困惑しまくる気の毒な Robert Redfordさん」を想像しては、ため息をつくしかないのでした…。

思えば、ブラジル人の発音を揶揄する日本人は、案外古い時代に入って来た英単語では「ink」「インキ」だったり、「electricity」を略した「elec」「エレキ」だったりするという事実は完全無視、というか脳裏をよぎりすらしていないわけですし、一方のブラジル人は、「-チ」「-ギ」に聞こえると信じ込んでいるせいで「-ト」「-グ」では滑稽だと思うというだけのことで、結局はどちらもただの思い込みに過ぎないんですよね…。

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そういえば、カーボベルデの仕事でご一緒させて頂いた日本語の上手いフランス人女性は、「日本人は、フランス人と聞けば二言目には『フランス語は発音が難しいからねぇ~』とかいうけれど、あれってもしかして英語の発音は難しくないとか、英語なら自分達でも上手くしゃべれてるとでも思っているのかしら?!」と、憤慨していました…。笑

 

いやはや、思い込みや、それによる偏見とは実に恐ろしいものですね…。

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