会報『ブラジル特報』 2011年月号掲載

                     山本 一郎(日本ウジミナス株式会社 参与)


はじめに

 世界の鉄鋼業は21世紀に入り、生産量を急激に伸ばし、前世紀末は9億トン前後であったが、昨年は全世界での鉄鋼生産は約14億トンである。最も生産量が多いのは中国で約6億トン、日本は第2位で1億トン強、ブラジルは33百万トンの生産で、新日鉄と同程度の生産規模である。米州では米国(80百万トン)に次いでの生産国であり、この地域での鉄鋼大国である。

ブラジル主な高炉メーカー

 ブラジルの鉄鋼業は、16世紀末から歴史は始まるが、近代鉄鋼業は1917年ミナスジェライス州にベルギー資本の参加で木炭一貫製鉄所ベルゴ・ミネイラが設立されたのが始まりであるが、第2次世界大戦を機に、政府の重工業化・輸入代替政策の下に一貫製鉄会社が順次設立された。ブラジルが連合国側参戦の報奨として米国の融資でリオデジャネイロ州ボルタ・レドンダに設立されたCSN、50年代には日本とブラジルの合弁会社としてミナスジェライス州イパチンガにウジミナス、サンパウロ州の産業界が中心となって作ったコジッパ、その後70年代に日本・イタリア・ブラジルの合弁としてエスピリットサント州ビトリアにCST、ミナスジェライス州のオーロブランコにアソミナスがそれぞれ建設され、ブラジルの鉄鋼業はこの5大高炉製鉄所を中心に発展していく。

 ウジミナスは、設立当初より日本が出資だけでなく技術的にも全面的協力し、現在も新日鉄からの技術協力が続いている。CSTは川崎製鉄(現JFE)グループ、イタリシデール(イタリア)・ブラジルの合弁であったが、操業は全面的に川鉄の協力でなされてきた。CSNでは操業、またアソミナス、コジッパにおいても建設・拡張段階を中心に、日本の鉄鋼メーカーは多くの技術協力を実施してきた。すべてのメーカーに日本側は様々な形で技術協力を行ってきており、日本の製鉄技術がブラジルの鉄鋼技術の屋台骨を支えてきたといってよい。ブラジルの農業が日系人を中心に日本の農業技術力で大いに発展し、付加価値の高い産業になったことは良く知られていることだが、日本技術の役割は鉄鋼業界でも同じであった。

 これらの高炉メーカーは全て70代以降ブラジル鉄鋼公社(シデルブラス)の管轄の下に置かれたが、ウジミナスを除き各社とも赤字体質から抜け出せなくなり、90年代に順次民営化へ移行することになる。ブラジル鉄鋼業の民営化は91年のウジミナスを皮切りに数年の間に次々と各社で実施され、鉄鋼業は自由競争時代に突入し今日に至っている。ただ、この民営化は第1次であり、90年半ば以降当初の大株主であった金融資本が抜けて第2次株主再編が起こり、その後国内外での大規模M&Aに巻き込まれることになる。

 ウジミナスは優良企業であったため全産業の民営化トップバッターとなり、93年コジッパの民営化に参画し傘下に収め、2008年には完全に経営統合し、生産量9百万トンのブラジル最大の板系メーカーとなっている。新日鉄グループは07年に資本関係を増強し、持ち分適用会社とした。また、新日鉄からの技術協力とミナス人の寡黙な勤勉さが相まって、ブラジルに留まらず米州大陸で最も技術力の高い会社にもなった。
製品で最も技術力を必要とする自動車向け鋼板の市場シェアーは50%近くにも及んでいるし、高付加価値技術である自動車用メッキ鋼板は新日鉄—ウジミナスのJVを立ち上げ、さらにその2号ラインが今年前半に稼働し、ブラジルの自動車生産拡大に対応する。

 CSNは93年民営化時、B.スタインブルック率いる繊維業ビクーニャおよび金融資本が入ったが、その後、ビクーニャグループが太宗をしめる体制となった。生産量5百万トン、薄板製品を製造するウジミナスのライバルであるが、設立当初よりのバックボーンから国策会社としての色合いが濃く、潤沢な資金で立派でかつバラエティに富む設備投資を行い、製品の種類も多い。この会社しか製造していないブリキは生産能力が100万トン/年、ウジミナスが2000年に設置した冷延連続焼鈍ラインを既に20年前から保有していた。しかし、操業レベルの点から、ウジミナスと同じ時期に自動車用のメッキ鋼板製造設備を設置したものの、この分野の市場シェアーは少ない。

 92年のCSTの民営化では川鉄グループは一時撤退したが、その後金融資本が退出した時再度経営陣に復帰し、同じタイミングでステンレス・特殊鋼メーカーのアセジッタが参加した。これは中小メーカーが大手を食ったと話題になった。その後、アセジッタが鉄鋼大手のユジノール(フランス)に買収されたことから、ユジノールが経営に入り、そのユジノールは合併でアルセロールとなり、アルセロールは川鉄およびリオドセ(現ヴァーレ)から経営権を取得後、ミタルに買収されアルセロール・ミタル(AM)となった。このように、CSTは現在AM−ツバロンとなり、世界ナンバーワングループの重要な戦略を担う会社になっている。ツバロンは当初は半製品を製造輸出専門であったが、02年に圧延設備が稼働し、熱延製品分野でウジミナス、CSNと競争している。年間生産能力750万トンの大量生産であるが、少品種(半製品および熱延)の設備も比較的新しい臨海型製鉄所としてコスト競争力で卓越している。

 アソミナスもCSTと同様に半製品工場として設置されたが、93年民営化を経て、現在北米メーカーも買収で傘下に収め、全世界で約15百万トンの生産能力を持つゲルダウ・グループの傘下になり、02年からは形鋼・線材の製品生産を始めている。

ブラジル鉄鋼業の今後

以上が現在までのブラジル鉄鋼業の簡単な流れと近年起こった再編の特徴であるが、ブラジル鉄鋼業界の今後の展開を展望するうえで、昨年は特徴的なことが起こった1年であった。リーマン・ショック以降順調に経済が回復したブラジルは、昨年7.5%の高成長を示したが、国内鉄鋼生産はさほど伸びなかった。国内の見掛けの鉄鋼消費は伸びたものの、レアル高を背景に中国、ロシア、韓国製品が急増した。いままでは、製品マーケットとしては遠隔地のためアジアや東欧諸国から敬遠されていたブラジルが、価格・為替が有利に働けば簡単に世界のどこからでも重量物の鉄鋼製品が侵入してくるほど、この分野のグローバル化が進捗したことを示している。中国や米国の金余りがブラジルの高金利・資源獲得を目指して流れ込む如く、中国・韓国等の鉄鋼製品の供給余剰が発生すると、同じように鋼材が流入してくる。品質の差別化やコスト競争力の手綱を緩めると、あっという間にブラジルも世界の大競争に巻き込まれる時代になったのである。

 しかし、このように輸入品に苦しんでいる業界の中で業績が良かった会社がある。CSNである。それは、販売面よりもコスト面による理由であり、他社が甚大に受けた鉄鉱石価格高騰の影響をまったく受けなかったからである。鉄鉱石は世界の大供給元が3社であり、ブラジルの製鉄メーカーであろうとヴァーレから購入する限り、資源価格高騰の影響をそのまま他の立地国と同じように受ける。しかし、CSNは高品質の自社鉱山を持ち、全量使用するのでまったく影響を受けない。ウジミナス、ツバロン、アソミナス等も自社の鉱山を保有しているが、今までは隣のヴァーレから安く品質の良い鉄鉱石が流れてくるという感覚であったため、利用が進んでもおらず、今後は如何にして鉱山開発を進め、自家使用していくことが優先課題になっている。そのために鉱山開発のみならず、ロジスティックスの整備や低品質鉄鉱石の使用技術などの取り組みも必要となる。

 最後に、ブラジル鉄鋼業界の今後の動きについては、好調な経済や14年のサッカー・ワールドカップ、16年のリオデジャネイロ・オリンピック開催に向けてのインフラ需要で確実にマーケットは伸長するので、この市場を目指す海外メーカーを含めて、その活動動向からは目を離せないであろう。

新日鉄・ウジミナス合弁の溶融亜鉛メッキ鋼板製造会社
 UNIGAL
         (提供 UNIGAL)