会報『ブラジル特報』 2012年1月号掲載
文化評論

                                         岸和田 仁(協会理事)



 ブラジルのテレビ深夜番組で長年にわたり高い視聴率を保持しているのは、太めのマルチタレント、ジョー・ソアレスのトークショー「プログラマ・ド・ジョー」だろう。まず、イントロの音楽がイイ。番組のテーマソングなのだが、ジョーと長年コンビを組んでいるミュージシャンたち(サックス、トランペット、ギター、ピアノにドラム)の個性的な演奏を楽しむところから始まる。そのイントロが終わる頃、おもむろにジョーが登場するが、時に彼自身がサックスを演奏したりミニドラムをたたいたりする。おしゃべりはまず、時事ネタか、読者からの手紙か、で聴衆を笑わせてから、毎回3人前後の招待客とのインタビューが軽快に進められる。これまで、登場したのは政治家では元大統領(カルドーゾ、ルーラとか)から元共産党書記長プレステスまで、音楽関係者ではシコ・ブアルケ、カエターノ・ヴェローゾから日本人では小野リサも宮沢和史も、とにかく多彩だ。

 ジョーが映画やテレビにコメディアンとして登場したのは1950年代の末であったが、彼が全国的に知られるようになるのは1971年にグローボTVに移ってからだ。ここで「Viva o gordo(デブ万歳)」がブレークするが、1988年にSBTへ移籍してトークショウを始め、その巧みな話術と語学力(英語、フランス語は完璧)で世代を超えた視聴者からの支持を集めることになる。2000年にグローボへ復帰してからも、このトークショーは高い人気を維持している。さらに、演劇では脚本、演出、制作すべてジョーという一人芝居が話題になったりと、まさにマルチタレントとして地歩を固めてきている。
 そんなジョーが文学に進出し、推理小説家としてデビューしたのが、1995年のこと。処女作『ベイカー街のシャンゴ』は、『シャーロック・ホームズリオ連続殺人事件』として邦訳(講談社)も出ているが、ホームズが1880年代のリオデジャネイロに出現する奇想天外さが受けて、ベストセラーとなった。ブラジル国内だけで50万部以上、英語版もフランス語版も10万部以上とか。その後、第二作『ジェツリオ・ヴァルガスを殺した男』(1998年)、第三作『ブラジル文学アカデミー連続殺人』と続き、このほど第四作『As Esganadas』(「連続女性殺人事件」と訳せるが「強欲女たち」の意味もあり)が10月に発売されたが、いきなりベストセラー入りし、11月以降フィクション部門で第一位をキープしている。

 筆者も友人ルートで早速入手して読み始めたが、実に面白く、時間を忘れて夢中になってページを繰っているうちに最終章になってしまった。日本のミステリー小説群を読みなれている視点からすると、トリックの工夫が一ひねり足りないところもないではないが、エンターテインメント小説としては高い点数をあげられる内容だ。ブラジル人読者が夢中になっているのも、素直に頷ける出来といってよい。

 小説の舞台は、リオ。時代は1938年。ジョー(現在73歳)が生まれた年だが、ブラジルはヴァルガス、ポルトガルではサラザールと両国とも独裁政権が固まりつつあり、欧州ではヒトラー政権がオーストリア併合でナチズムの横暴さを見せ付けた時代だ。そんなリオで若い女性が次々と猟奇的に殺される事件が起きる。その難問解決に乗り出したのが、地元リオのメロ・ノローニャ刑事。彼を手助けするため、ポルトガルからトビアス・エステヴェス警部が派遣されるが、その彼は詩人フェルナンド・ペッソアの親友、という設定だ。さらには、事件を追いかける女性ジャーナリスト、ディアナは、当時影響力を出し始めていた週刊誌クルゼイロの花形記者。そんな登場人物たちが、リオを駆け巡り、犯人がトビアスと格闘の結果、取り押さえられる、といったストーリー展開だ。
 被害者の共通点は、若くて美しく、そして相当太めの女性であること。殺人犯が彼女たちを惹きつけるツールは、甘くてボリュームたっぷりのポルトガル風スイーツの数々。犯人の魔手にかかってしまうのは、名家の娘から娼婦まで、さらにはドイツからリオ公演に来たオペラ団の女性歌手も、だ。

 この小説は、そうしたミステリー本来の面白さに加え、各種スイーツのこだわり記述も楽しめるし、シャーロック・ホームズのポルトガル版ともいえるトビアス警部の会話におけるユーモアの質がなんともポルトガル・ブラジル混合的で、これも楽しみながら読み進める。マルチタレント作家ジョーの面目躍如たるものがある。
 初刷り8万部とのことだが、第二版も決まり、フランス語翻訳も出るとか。年末商戦のクリスマス・プレゼントとしても売れ行きを伸ばしているのだろう。