会報『ブラジル特報』201311月号掲載
文化評論

                   岸和田 仁 (『ブラジル特報』編集委員、在レシーフェ)



 第9回ペルナンブーコ国際ブック・ビエナール(開催期間:2013104日から13日まで)というブックフェアーを覗いてきたので、今回は、ブラジルにおける出版事情・読書事情についてちょっと考えてみたい。

 ビエナールと名乗っているように、このブックフェアーは二年に一回、隔年で、奇数年に行われている。第9回というから、第1回は1997年であったことになる。

 筆者がこのレシーフェでの書籍フェアーに行ったのは、記憶に間違いなければ2005年、2007年だったので、今回が3回目の参加となる。

 会場のコンベンションセンターに出かけ、のべ三時間ほど歩き回って、ほぼ全ての出店ブース(ちなみに出展社数は160、ブースの数は325とか)を覗いてみたが、筆者にとって面白く、いささかコーフンしたのは、UNESP(パウリスタ州立大学)UFPE(ペルナンブーコ連邦大学)といった大学出版会のブースと、地元ペルナンブーコの地方出版社のブースであった。購入しようと思っていたが、大手書店でも見つからず、予約せずに忘れかけていた本が、それこそゴロゴロ転がっていた、と思えたほどだったからだ。歴史や社会科学系統のものや地元出版物を主体に10冊ほど買い込んでしまったが、本によっては10%から30%もディスカウントされたので、満足度高し、であった。

  さて、このブックフェアーに来ている人たちの年齢層をざっと観察してみた。筆者が出かけたのは、土曜日だったが、半分以上は、学生というか小学校から高校までの青少年たち、学校の校名入りTシャツをお揃いで着ているのが多かったから、学校からいわれてきたのだろう。大人のほとんどは学校教員で、彼ら教育労働者以外の一般層(サラリーマン、公務員など)と思われる人たちは恐らく全体の2割もいないだろう。いささか独断的かもしれないが、このレシーフェ・ブックフェアーの風景がブラジルにおける読書事情を反映している、といってよいだろう。

 この辺をある程度裏付けるためにも、いくつかのデータをみてみよう。

 ブラジルにおける年間販売冊数(百万部単位)をみていくと、19902129537598410992902000334052700631009454、という推移を経ている。この数値から読み取れることは、947月にスタートしたレアルプランによって超インフレ構造が“治癒”され、この経済安定が書籍市場をも活性化したことであり、98年末の通貨危機直撃で翌99年は大きくシュリンクしたものの、その後順調に伸びてきた、ということだろう。前ルーラ政権による社会政策が功を奏して貧困層が新興中産階層へ格上げとなったことも、読書人口の拡大に貢献したといえるだろう。もっとも、同じ時間軸で、車の年間販売台数をみれば、80万~100万台レベルであったのが、300万~350 万台となっているので、車はほぼ 4倍のマーケット規模に成長したが、書籍市場は2倍ほどにしか伸張しなかった、とも解釈できよう。ブラジル国民の所得(一人当たり GDP)の伸びが、同期間で、ほぼ 4倍になっているので、車市場の伸び率とぴったり合っているが、「お金が入ったら、まず車を買い、本代に回すのは二の次ないし三の次」という実態が再確認されたということだろう。

 先進国と比較すれば、ブラジルの書籍販売市場規模は米国の15%前後、日本の25%ほどでしかないので、このレベルを維持する、とみるか、いや絶対数ばかりか相対的にも成長を続ける、とみるか、意見が分かれるところだろう。

 常識的な見方は、ブラジル人は相変らず本を読む習慣がないから、書籍市場の伸びは限定的だろう、というものだが、さて、どうだろうか。

 一例をあげてみたい。ジャーナリスト出身の歴史作家ラウレンチーノ・ゴメスが2007年から今年にかけて書き上げたブラジル史三部作『1808, 1822,1889』が合計で150万部も売れたことをどう説明するか。ポルトガル王室がナポレオンへの恐怖からリオに移動したことで本国と植民地の関係が逆転した、という歴史からブラジルの近代史が始まるのだが、この辺を読みやすい文体で重厚な歴史物語に仕上げたことが、ブラジル人読者を惹きつけたのである。結構分厚い歴史書が、それこそスーパーでの特価品の如く本屋で売れて行ったのだ。

 あるいは、今年9月に開催されたリオデジャネイロでの第16回ブック・ビエナール。66万人が訪れ、延べ350万冊が売れた。昨年8月開催されたサンパウロでの第22回ブック・ビエナールには80万人が訪れている。サンパウロ(偶数年)とリオ(奇数年)が交互でブックフェアーを開催するようになって30年以上たつが、ブックフェアーの先輩格はポルトアレグレだ。ここは毎年開催されており、今年は111日から17日までの期間に100万人以上の訪問者が予定されているが、第59回で、第1回は1955年だ。

 サンパウロやポルトアレグレのブックフェアーにも、筆者は何回も参加しているが、会場の熱気に圧倒された記憶がまだ新しい。ブラジル人でも本好きは少なくないし、読書習慣は全般的に広がっている、と断言しておきたい。