会報『ブラジル特報』 2013年11月号掲載 大岩 玲 (在ベレン日本国総領事館領事)
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はじめに 本稿では、アマゾン地域、特にパラー州における日本人移住者とアグロフォレストリー(以下、SAF1)の歴史と現状を概観するとともに、SAFを通じて、現代ブラジル社会が抱える課題や、日本とブラジルの新たな関係に係る考察を試みる。 日本人移住とアグロフォレストリーの導入 南拓は、事前調査によりトメアスの主要栽培作物をカカオに決めていたが、収穫までに2~3年を要するため、一刻も早い現金収入を求めていた移住者のニーズに合わなかった。トメアスの日本人は徐々にカカオから離れ、米、野菜等の栽培を試みつつ、原生林の開墾やマラリアと格闘する日々を送っていた。 第二次世界大戦の開戦とともに、枢軸国との国交断絶を決めたブラジルでは日本人は敵性国民となった。トメアスでは日本、ドイツ、イタリア人用の収容地も設置され、さらなる苦労も強いられたが、戦争は誰も予想しなかった富をもたらした。東南アジアのコショウ生産地が戦火の被害から立ち直れない中、コショウ相場は徐々に高騰し、戦後、日本人移住が再開された1953年頃には相場は最高潮に達し、「黒いダイヤ」と呼ばれる時代が訪れた。コショウは、33年に南拓社員の臼井牧之助によりシンガポールから20本の苗が持ち込まれ、その内の2本がトメアスで活着し、栽培が始められていた。戦前、戦中はコショウは安値で推移したが、日本人は徐々に栽培量を増やしていた。 コショウの成功で多額の現金を手にした日本人もいたが、熱帯雨林を焼き払い、むき出しの耕地に高密度で植えるモノカルチャー(単一栽培)は、半陰性の蔓植物であるコショウに適した栽培法ではなかった。その結果、1960年頃からフザリウム菌による根腐病が発生し、70年代初めにかけトメアスのコショウは壊滅的な打撃を受けた。そうした中、69年から約20年間、トメアス総合農業協同組合2(CAMTA)理事を務めた故坂口陞氏は、自給用の様々な作物の混植や多様な植物が共存する自然の摂理などから着想し、SAFの導入、普及に取り組み始める。同氏を中心とする日本人の試行錯誤により、70~80年代にトメアスではSAFの導入、確立が進められた。 トメアスのSAFは遷移型に分類される。焼畑後、まずは米、葉物野菜等の短期作物を植え、次にコショウ、カカオ等の中期作物を植える。中期作物は短期作物が雑草を抑えている内に生長し、高木樹も同時に生長する。すると、再生した複層林の中に収穫までの期間が異なる作物が存在し、常に収穫を得ることが可能となる。日本人は歴史的に木や森との関わりが深く、また、カカオなど実を付けるのに陰が必要な植物の存在が、トメアスでのSAF定着につながったと考えられる。空前のコショウ・バブルとその突然の終焉、それに屈しなかった日本人の知恵と伝統が、アマゾンのSAFに結実したといえよう。
アグロフォレストリーのブラジル社会への貢献 トメアスのSAFでは、一部の大農家を除き、10ha前後の土地に常雇用者は1~2名程度3という小規模農家がほとんどだが、自給用ではなく商業的色合いが強いことで、世界の熱帯地域で広く見られるSAFの中でも稀有な存在となっている。トメアスでのSAF導入の歴史は前述のとおりだが、市場経済と結びついた形で発展した背景には、日本人移住者がコショウの単一栽培での失敗経験を持ちながら、収益を得られる別の形の農業を模索していたことがある。また、主要作物の価格低迷とハイパーインフレで1980年代前半にCAMTAが一度破綻した後、再建計画を進める中でJICAの支援で建設した熱帯果実加工工場により、トメアスのSAFがさらに商業直結型となった点も重要である。一般的に、遷移型SAFのメリットとして、(1)低環境負荷で森林、土壌等の保全にもつながる、(2)牧畜より雇用吸収力及び土地生産性が高い、(3)単一栽培より病虫害や作物の価格変動の影響を緩和できる、等が挙げられる。さらにトメアスでは、CAMTAを中心とする普及活動で零細農の所得向上も進んでいることから、SAFを軸に環境・経済の両面で持続可能な社会を実現しているモデルケースとして、世界的にも注目を集めている。 2013年6月のサンパウロのバス料金値上げに端を発した全国規模の抗議デモからも分かるとおり、ブラジル都市部のインフラは人口規模に追いついていない。世銀(2012年)によれば、ブラジルの総人口に占める都市部の人口比は85%で、中国(52%)、ロシア(74%)、インド(32%)、メキシコ(78%)等他の新興国と比べても高い数値である。政府は都市部のインフラ整備を加速させるとしているが、短期間での改善は容易ではなく、農村部での雇用創出にもこれまで以上に取り組む必要がある。SAFによる零細農の所得向上は、ブラジルの経済社会構造を変えるモデルとしても高い可能性を秘めているといえよう。
アグロフォレストリーと新たな両国関係
SAFを通じて日本・ブラジル関係がより深化するには、原料の輸入からもう一歩進むことも必要となる。原料を天然アサイーに過度に依存しては安定供給上のリスクが増すことから、日本企業による灌漑施設を備えたSAFアサイー農園への出資や、カカオ加工施設の整備なども考えられる。JICAでは、トメアスのSAFの南米各国への普及を目的とした第三国研修を実施しており、アフリカ等への日本・ブラジルSAF協力の範囲拡大にも期待が高まっている。 多くの日本企業がSAF関連ビジネスに参入するには、生産物の高付加価値化も重要である。認証制度が確立されれば、トメアスのSAFは消費者の高い信頼を得ることができるが、遷移型の環境保全効果の科学的な証明や、トメアスの独自性の定義は容易ではなく、実現には時間を要すると見られる。一方、トメアスの一部の農家では、バニラや天然ゴム等の新たな換金作物の組み合わせが試されているほか、高級家具の原料として需要の多いマホガニーの伐採について、最近ブラジル政府が規制緩和の方向に踏み出したことは朗報である。 日本とブラジルは、日伯セラード農業開発協力事業(PRODECER)で不毛の大地を一大穀物地帯に変えた経験を持ち、その際も多くの日系農業者の貢献があった。大前提である零細農の収入増に加え、SAFによる両国間関係の深化により、ブラジル社会が抱える課題や、地球規模の問題も解決に近付くことが期待される。 (本稿中の意見は筆者個人のものであり、外務省の見解を示すものではありません。)
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