ブラジリアの近況

佐藤 悟(駐ブラジル日本国特命全権大使)

 ブラジルに着任して3 ヶ月が経とうとしている。 今ブラジリアは真夏。緑豊かな広がりにニーマイヤーの白い近代建築が映える。陽射しは強いが、高原のため気温はあまり上がらない。午後になると、激しい雨が降る。週末にはパラノア湖にヨットの帆やボートの白波が浮かぶ。その湖に向けて白球を打つのは快感である。クリスマスからカーニバルまでは夏休みシーズンで物事は動かないと聞いてきたが、その割には1 月からテメル大統領への信任状捧呈や閣僚等への表敬訪問が次々に実現している。

最悪期は過ぎ去った!
“O pior já passou.” これは最近の当地経済誌の表題であるが、ブラジリアの人々の実感でもある。昨年はリオ・オリンピック・パラリンピックという華やかな国際イベントの一方で、ルセーフ大統領の弾劾、汚職捜査の進展、2 年連続の大幅なマイナス経済成長というブラジルにとって未曾有の危機に見舞われた。危機の中で、昨年8 月末、テメル政権が正式発足したものの、ラヴァ・ジャット汚職捜査に伴う様々な情報や憶測が飛び交い、また各種の経済指標も経済の減速を告げるものばかりで、どこまで落ち続けるのか分からない、フリーフォールに近い感覚があった。しかし、ここ最近になって政治の安定、経済の回復に向けて人々が手応えを感じるようになってきた。

2017年はブラジル復活への礎石を築く年になる
テメル政権は、13 年に亘る労働者党政権による「イデオロギー重視のバラマキ政策」が危機を招いたとの反省から、「新しいブラジル」を掲げて、財政規律の回復、構造改革の推進、開放的な通商政策へと大きく舵を切った。これまでに財政支出に上限を設ける憲法改正案が成立したほか、受給開始年齢を65 歳に統一する年金改革案、政党数を削減する政治改革案、労働者過保護を是正する労働法制改革案等について、2 月からの議会で本格的に審議が行われる。
経済危機からの早期脱却のために、インフラ投資促進策や石油開発自由化措置等の改革も進めており、ビジネス環境改善に関する在伯日本企業の提言(AGIR)を実現するチャンスでもある。テメル政権を支える連立与党は上院・下院とも3 分の2 を超える多数を占め、新しい上院議長・下院議長に大統領に近い改革推進派が選出された。紆余曲折は予想されるものの、改革の着実な進展が期待されている。経済見通しについては、インフレ収束を受けて政策金利が継続的に引き下げられており、今後投資の増大が期待される。原油や鉄鉱石の国際市況の回復、農産物の収穫と輸出の好調
などから、今年の第1 又は第2 四半期には底を打ち、今年は0.5%程度のプラス成長が見込まれている。明年秋には大統領・議会選挙があるので、連立与党が結束して法案審議に当たれるのは今年末までと見られるところ、今年がテメル政権にとって、また、ブラジルの将来にとって正念場となろう。

ラブコールにどう応えるか
最近特に感じるのは、日本に対する熱いラブコールである。1 月19 日、テメル大統領は、信任状捧呈式において、昨年10 月の訪日は大変良かったと上機嫌で振り返りつつ、4 月の日伯賢人会議と5 月のジャパン・ハウス開所式には是非参加したい、2018 年の日本人移住110 周年も共に祝いたい
等と述べ、我が国との関係促進に強い意欲を示された。また、経済外交を重視するセーハ外務大臣も、日本との関係は最優先事項であると強調している。
そのような中、2 月2 日、伯産業貿易省は、メルコスールと日本及び韓国との自由貿易協定交渉について民間企業の意見を聞くパブリック・コメントの開始を発表。それに先立つ伯亜貿易大臣会合において、メルコスール市場統合の促進と、「EU(既に交渉中)及びEFTA(最近交渉開始)とのFTA交渉を優先的に行うとともに、日本、カナダ、アジア太平洋諸国との貿易関係を緊密化する」との方針が確認された。
日本重視の背景には、我が国が従来からブラジルにとって信頼できるパートナーであったことに加え、最近の国際環境の変化がある。トランプ政権誕生で保護主義的になった米国や、英国のEU 離脱と排外主義政党の台頭に揺れる欧州にあまり期待が持てない中で、自然とアジア太平洋地域に目が向くが、既にブラジル経済に大きな影響力を持つ中国にこれ以上依存し過ぎてはいけないとのバランス感覚も働く。ブラジルからの熱いラブコールにどう応え、今後の日伯関係をいかに進展させていくべきか。これは、我々官民関係者にとって共通の宿題であると思う。

(2 月7 日記)