会報『ブラジル特報』 2012年7月号掲載

                                    筒井 茂樹( CAMPO社 諮問委員、協会常務理事)


 2011年度のブラジルの主要農畜産物のうち、輸出が世界1 位の産品をざっと拾い出しただけで砂糖、大豆まめ、大豆粕、コーヒー牛肉、ブロイラー、オレンジジュース、たばこの葉、を列挙することが出来る。生産においても砂糖、コーヒー、オレンジジュース、砂糖キビは1 位、大豆まめ、大豆粕、牛肉、ブロイラー、たばこの葉は2 位、トウモロコシは3 位である。ブラジル経済に占める農業分野の比重でもGDPに占める比率は28% 、労働人口に占める比率は37% , 輸出に占める比率は42% と極めて高い。
 ブラジルは昔から大農業国であった訳ではない。1960年代迄ブラジルの主要穀物はサンパウロ州、パラナ州、リオグランドスル州においてのみ生産され東北、中西部は皆無であった。もともと大豆は60年代に小麦の補完作物としてブラジルに導入され、それ以前はブラジル南部にも大豆生産は無かった。また70年代までブラジルの農産物の輸出はコーヒーと砂糖のみで、大豆、トウモロコシ、小麦等すべての穀物は輸入に依存して来た。
 しかるに1978年から始まった日伯セラード農業開発( プロデセール) の成功により、日本国土の5.5倍の広大な不毛の地セラードは穀物生産が飛躍的に増大し、大豆生産は2010年には4,084万トンに達し、世界の16% , ブラジルの60% の大豆を生産する世界最大の穀倉地帯に変貌した。その結果ブラジルは2010 年の大豆の生産が6,869万トンに達し、米国に次ぐ世界第2位の大豆の生産国になり、9,142万トンの米国が射程距離に入った。因みにセラードの穀物生産は、セラード農業開発が始まる75年には大豆が31万トン、穀物合計でも577万トンに過ぎず、日本の5.5倍の広大な面積からすると皆無であったといえる。





3月成長期の広大なセラードの大豆畑とセントラルピポット
(弊社第2期事業地ミナスジェライス州パラカツ) -CAMPO社提供
セラード大豆の生産推移


 他方、砂糖、エタノール用の砂糖キビの生産も、ブラジル全土で2005年の4億1,600万トンから10年には6 億306万トン( うち砂糖向け2億7,600万トン、燃料用エタノール向け2億5,740万トン、飲料用エタノール向け6,966万トン) に急増した(1.45倍)。これはブラジルでフレツクス車の普及により、エタノールの需要が急増しているからである。07年以降新設された106のエタノール工場はすべて土地と労働賃金の安いセラードに建設され、砂糖と競合しないエタノール専用工場として稼働している。

 以上のとおり、ブラジルの大豆および砂糖キビ生産は、未だ広大な耕地が存在するセラードで増えていることが判る。
 次に他の農業国と比較して、ブラジル農業( 特にセラード農業) の強みとそのポテンシャリテイを幾つか列挙する。


( 1 )             セラードには無限に近い耕作地が存在する。セラードは国土8.5億ヘクタール( 以後 h )の24%を占め、2.04億 h の面積が有り、このうち環境保全と湿地帯を除く62% 、すなわち1.27億 h がセラードの農耕可能面積である。セラード開発が始まって以降の35年間でセラードの既開墾地は1,200万 h に達したが、この面積はセラードの農耕可能面積の僅か9%に過ぎない。またブラジル全土の既開墾面積3,090万 h(うち穀物耕作面積2,350万 h、砂糖キビ耕作面積740万 h) はブラジル全土の農牧可能面積3億 h の10%に過ぎない(ブラジルに飼育されている牛は約2億頭)。ヘクタール当たりの生産性が向上(大豆の生産性 1978年0.5~ 1トン/ h が2010年には2.8~3.2トン/ h で5倍になった) していることを考えると、未だ無限に近い耕地が存在するといえる。
( 2 ) 日本とブラジルが合弁で開発した種の改良、土壌の改良、セントラルピボットによる大規模イリゲーションの3大技術革新は、セラードの耕作面積の増大を可能にしたのみならず、大豆の生産性を向上させ、平坦な土地が続くセラードで機械化の大規模農業によるスケールメリットとGPSを活用した精密農業の導入による肥料と石灰の節約効果は、農家の庭先渡し価格でブラジル大豆を世界一の国際競争力のある製品にした。
( 3 ) 今、世界の燃料用エタノールの生産はブラジルとアメリカで75%を占めているが、ブラジルはアメリカのトウモロコシを原料とするエタノールでなく、砂糖キビを原料とするエタノールであるので、世界の食糧に悪影響は殆ど考え難い。また砂糖キビエタノールの方が、トウモロコシ・エタノールに比較し生産コストも安く、温室効果ガスの削減効果も遥かに高く、原料の砂糖キビの生産コストも安い。
その結果、セラード農業開発が始まるまで大豆の輸入国で有ったブラジルは、今や世界最大の輸出国になり、新興国の近年の経済の発展にともなう世界の食糧需要の増加に対応出来る、世界で 数少ない国になった。例えば毎年10% 以上の経済成長を続けて来た中国向け大豆まめの輸出はこの10年で10倍以上に増加した。
ブラジルの大豆まめの世界への輸出は、2009年2,586万トン、2010年2,907万トン、11年3,900万トンであったので、ブラジルの世界に対する大豆まめの輸出のうち、中国向けが09年61% 、10年66% ,11年61% 。



 

ブラジルの中国向け大豆まめの輸出推移



 一方中国の大豆まめの輸入に占めるブラジル大豆の比率も45%を占め、ブラジル一国が中国の食糧危機を救っているといえる。この中国向けのブラジル大豆の輸出を可能にしたのは、日本が協力したセラード農業開発であり、もっと遡れば2008年に移住100周年を迎えた日本の農業移民があったからだといえる。
 最後に、日本の大豆の総需要量は約450万トンであるが、うち食品大豆は100万トンである(国産25万トン、北米他からの輸入75万トン)。

弊社第3期事業地バイア州バルサスの牧草地帯を移動する牛の大群 -CAMPO社提供


 近年、北米の食品大豆は遺伝子組み換えが進み、非遺伝子組み換え大豆の供給が難しくなっている。一方、ブラジルは世界最大の大豆の輸出国ではあるが、南米産大豆は南緯に属し、秋に植え付け春に収穫(北緯の逆)するため、大豆の成長期の日照時間が不足しタンパクの含有量が少ない。(北米産は41~ 43%、南米産は33~35%)。そのため食品大豆の60%以上を占める豆腐には使用出来ないとされてきた。しかし、セラード開発の推進機関であるC A M P O 社の長年の優良種子の交配研究により、今一歩のところまで辿りついている。
 ブラジルで食品大豆が成功すれば、北米に比べ国際競争力もあり、非遺伝子組み換え大豆の供給も可能(ブラジルも遺伝子組み換えは進むも、未だ30%の非遺伝子組み換え大豆が残っている)であり、ブラジルで早急に食品大豆生産の成功が期待される。