会報『ブラジル特報』 2011年月号掲載
エッセイ

                         池田 萌子(東京外国語大学ポルトガル語専攻3年)


2008年9月大学2年生の夏休み、初めてブラジルへ1か月間の旅行に行きました。リオデジャネイロの空港からはバスで市内へと向かうのですが、空港を出てすぐのところに広がる光景に驚愕したのを今でもよく覚えています。「ここが地球の裏側なんだ…」。そこには、無数の粗末な家々がひしめき合うファヴェーラが果てしなく続いているように見えました。その景色は私にとってあまりにも非現実的で、湧きあがってきたのは、普通の人が抱くような恐怖心ではなく、むしろ、その中で人々がどういう生活をしているのか見たい、知りたいという好奇心でした。

 この「ファヴェーラに入りたい」という思いは、残念ながら(幸運にも?)、周囲の人たちの反対のため、その旅行中には実現させることはできなかったのですが、翌年再び留学のためにリオに滞在したときに叶うこととなりました。当時一緒にカポエイラをしていたアメリカ人の栄養士である友人が、ニテロイにあるファヴェーラで子供たちのために無料でカポエイラ教室を開き、その後簡単な紙芝居を使い栄養バランスのとれた食事をとることの大切さを教えていました。そこへ一緒に行かせてもらい、子供たちとカポエイラを通して交流をし、そこの住民たちとも少し話をすることができたのです。

 それは昼間だったこともあり、銃弾の跡を家の壁に見かけたりはしたものの、とくに危険だと感じることはなく、住民たちは物珍しそうに私をジロジロ見るか、あるいは「Japinha!(日本人!)」と親しみを込めて声をかけてくれました。「ファヴェーラには麻薬取引人や強盗犯しか住んでいないってみんな思っているけど、ほとんどが労働者でみんな生活のために必死に毎日いくつも仕事を掛け持ちして真面目に働いているのよ」と3人の子供を持つ私と同年代の母親は言っていました。 

 2009年には軍警察のヘリコプターが撃ち落され、翌年にはインターコンチネンタルホテルでの人質を取った立てこもり事件、そして記憶にも新しいコンプレクソ・ド・アレマォンで「戦争」という言葉が使われたほどの治安部隊と犯罪組織の激しい衝突があり、世界にリオの治安の悪さが印象付けられてしまったかと思います。

 しかし、ルーラ政権時代から低所得層の家庭への条件付き補助金制度「Bolsa Família」をはじめ、様々な貧困層への政策が実施され、現にブラジル全体の貧困率はここ10年間に劇的に減少しています。2008年からはリオの13のファヴェーラに「UPP
(Unidade de Polícia Pacificadora)」と呼ばれる犯罪組織を追い出すことを目的とした治安部隊が配置され、長年放置されてきた治安問題の解決に向けて、住民と政府が手を組んで動き出しています。昨年末には初めてファヴェーラに3D対応の最新の映画館が建てられ、またリオの美しい風景が一望できるファヴェーラの観光地化も積極的に行われています。

 最近は政府からの支援だけでなく、住民たちによってその存在価値を高めていこうという動きも多く見られ、例を一つ上げると、「Moda Fusion」という伯仏共同のファッション組合があります。「環境に優しい素材を使い、経済的に手が届き、社会的に正当で、文化的に価値のある、持続可能なファッション」をコンセプトに、ファヴェーラのファッションの魅力を世界に広めるために設立されました。多くのモデルは実際の住民から選ばれ、ファッションショーもファヴェーラで行われています。昨年はフランス大統領夫人カーラ・ブルーニがこのショーのためにリオに訪れたことで、世界から注目を集めました。

 夜にはキラキラと宝石を散りばめたかのように輝くファヴェーラには「麻薬」「犯罪」という悲しい現実がある反面、ブラジルの代名詞ともいえるサンバや世界で活躍するサッカー選手を多く生み出してきました。ブラジルの目覚ましい経済成長が日々日本でも伝えられていますが、それを実感できていない人、知らずに過ごしている人、社会から忘れられている人がいるのではないか、と考えずにはいられません。

 素晴らしい文化を持ち、誰からも愛される陽気なブラジル国民。これからブラジルが国力をつけ、さらに発展していくためには、国内にある深刻な問題に目を向け、政府やNGO、そして住民が一体となって解決に向けた活動を積極的に行っていく必要があると思います。

アメリカ人栄養士とファヴェーラの子供、そしてカポエイラの仲間と