会報『ブラジル特報』 2012年9月号掲載
エッセイ


                                    星野 芳隆 (外務省中南米局南米課長)


 世界が複雑さを増し、経済危機にも見舞われる一方、内外でブラジルに関係する方々の元気な姿を多く拝見します。日本企業のブラジル向け投資が2011年には対前年比3倍を超え、債務危機等に苛まれた 「失われた10年」 と対照的に、最近の活況を 「黄金の10年」 と称する声があちこちで聞かれるようになってきました。
 新興国の消費拡大に支えられた一次産品高騰などは、近年のブラジル経済の好調の源泉となっていますが、誰もがこうした基調がいつまでも続くと考えている訳ではありません。 BRICsの名付け親ゴールドマン・サックスのオニール会長は、BRICsの看板の掛け替えが必要と論じた後、当面は問題ないものの、先行き次第でブラジルもBRICsの地位を失いかねないと、慎重な発言をしています。


 1994年に開始された有名な 「レアル計画」 は、ハイパー・インフレ沈静化など今日の安定したブラジル経済の基礎をなすものですが、その立案に加わった識者のペルシオ・アリーダ氏は、最近現地紙で、金利が先進諸国並の低水準となるまでレアル計画は完了したとはいえないと述べています。景気対策等で政策金利はいまや史上最低水準に下がったものの、市中の金利はなお高く、市場を阻害している、インフレは克服したものの、構造的体質の転換はこれからということなのでしょう。
 ブラジル政府は、GDP世界第6位に躍り出ながら、輸入代替政策時代から課題の残る工業部門の国際競争力を高めることが必要と認識し、様々な努力を払っています。世界第2位の座を奪われた日本も楽ではありません。昨年の厳しい震災から復興が着実に進んでいるとはいえ、欧州経済危機など外的不安もあります。円高で、これまでの貿易黒字ではなく、海外投資からの利益に支えられる構造への転換も指摘されますが、ものづくりに支えられた貿易立国を捨てて良いのかなど難しい議論があります。ブラジルも、つい最近まで歴史的なレアル高で、様々な議論が出されました。
 このように、本来持ち合わせている条件や経緯が異なるとはいえ、日本もブラジルも、複雑さを増した世界で新たな成長モデルを懸命に模索している点、共通しています。我々外交関係者も、そうした点を認識し、難しいこの時代において、双方の利益が高まるような両国間協力を幅広く進めていく所存です。

 過去厳しい環境にあった日本から、旺盛な労働力需要のある新天地ブラジルに多くの日本人が移住した重要な歴史もあります。多くの先人たちの苦労と、たゆまぬ勤勉が、ブラジル社会で今日広く根付く日本人・日系人に対する高い信頼に結実しています。
 世界の経済情勢が変わり、いつの間にか、ブラジルで育った日本人の子孫たちが多数日本に来て、祖先から受け継いだ勤勉をもって貢献している姿があります。さらにブラジル政府は、上述のような成長課題から、「ブラジル・マイオール計画」 (ブラジルをより大きくする、または強くする計画という意) の下で、技術革新の推進などとともに、最大10万人の工学系留学生・研究者を諸外国に送り出す計画(国境なき科学)を進めています。我が国も協力を進め、この7月に実施機関間で協力文書が署名されました。同計画を通じ、ブラジルの優秀な学生や研究者が日本の大学や大学院で学ぶ、また、ブラジルの人々が持つ良さを日本の人が学ぶ機会も増える、新たな人的交流の波が訪れるものと思われます。

 今秋創立80年を迎える日本ブラジル中央協会も、長く両国の交流に視野を置き、架け橋として貢献されてきました。そこに集う幹部・会員諸先輩の有する知見を活かしながら、このような新しい人層・分野での結びつきを後押しし、「黄金の10年」 をさらに超える付加価値を提供していくことが期待されます。皆様の一層のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。

                                  (本稿は、筆者の個人的見解に基づくものです。)