世界で最も生物多様性が豊かな熱帯サバンナ- セラード
ブラジルの中西部に位置し国土の約21%を占めるセラード地帯は、地球上最も生物多様性が豊かな熱帯サバンナといわれる。そこには16万種以上、世界の約5%の動植物種が生息するとされ、世界自然遺産並びに生物多様性ホットスポットに指定されるなど、世界的な関心も高い。セラード地帯は、1980年代から始まった大規模な農業開発などにより、既に自然植生の約48%が農地や牧草地などへ転換された。その消失スピードは年間6,500km2(IBAMA,2011(2009-2010の統計)、1分間に東京ドーム約1個分に相当する。
セラード地帯に残存する貴重な自然植生は、その北部地域に集中している。州でいえば、トカンチンス州東部、マラニョン州南部、ピアウイ州西部、バイア州北西部である。この4つの州の接する地域は、各州の頭文字を取って“MATOPIBA”と呼ばれ、世界最大の農業フロンティアといわれており、各州はこぞって農業開発に熱を入れているところでもある。
セラード最後の自然の宝庫 [ジャラポン] トカンチンス州東部からバイア州北西部にかけては「ジャラポン地域」と呼ばれ、その野性味溢れる景観と豊かな動植物相は、近年多くの観光客を惹きつけている。ジャラポン地域では2008年に一度だけ生物調査が実施された。その際には哺乳類を含む14種の新種が発見された。限られた範囲の小規模な調査でこれだけ発見されたということは、未だ知られていない多くの動植物種が、今後も続くであろう土地改変の過程で絶滅する可能性は否めない。貴重な生物多様性を守るために保護されているのは、セラード全体のわずか7.5%に過ぎない。 我が国は国際協力機構(JICA)を通じて、このジャラポン地域で、自然環境保全を目的とした技術協力「ジャラポン地域生態系コリドープロジェクト」を、環境省シコメンデス生物多様性保全院(ICMBio)とトカンチンス州政府、そしてバイア州政府をパートナーとして、2010年4月から13年12月までの予定で実施している。
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ジャパラポン地域の風景 |
ブラジルの自然保護区制度と「保護区モザイク」
1872年にアメリカのイエローストーンにおいて、世界で初めて国立公園が設立されて以降、生物多様性の保全は、保護区域を設定してその中で動植物を保護することが中心であった。しかし国際的な議論の中で、保護区だけでは生物多様性を守ることは困難であり、保護区を中心として農地や市街地なども含めた地域一帯を大きな生態系と見なし、農業や観光業などあらゆるセクターを巻き込んだ取組が必要であるとの共通認識が形成されて来た。 ブラジルの自然保護区は「国家保全区システム法(SNUC,2000)」の中で、目的や形態に応じて12種類に分類されている。それらの保護区は大きく「統合型保護区」と「持続的利用区」に分けられる。「統合型保護区」では土地を完全に保護する事が求められる一方、「持続的利用区」は何らかの規制の網掛けはあるものの、農業などの経済活動は法律の下に自由に行える。「持続的利用区」の多くは「統合型保護区」の周辺に設置されており、地域一帯を大きな生態系とみなして自然保全活動を進める上で、重要な法的根拠となっている。 SNUC法の興味深い点として、連邦立の保護区に限らず、州や市立の近隣の保護区群をひとまとまりとして、より広域で「統合型管理(Gestão Integrada)」を進める事を目的とした「保護区モザイク(Mosaico de Unidades de Conservação)」の設立を規定していることが挙げられる。「モザイク」は、管理主体(連邦・州・市)が異なる保護区を包括した形で指定され、バラバラに活動していた関係者を、州や市の境界を跨いで繋ぐものである。自然保全側の人間が集団で結束する事は、結果として地域開発などに影響力を持つ事にも繋がるため、大きな可能性を有する政策といえるだろう。 「モザイク」は、すべての保護区管理の責任者(ICMBio総裁、各州環境長官、各市長など)が共同で「設立趣意書」を連邦環境大臣へ提出し、その審査に通った後に正式に承認される。現在までブラジルでは14のモザイクが設立されている。モザイク設立の前提条件として、主要な保護区に管理委員会が設置されるなど各保護区の管理が適正に行われていること、また保護区周辺の市政府が環境保全に関する基本的な法令を持ち、市環境審議会などにより一定の執行能力を持つ事が重要である。既に前提条件が整えられている地域では、比較的容易にモザイク設立まで進むが、そうでない場合は前提条件のすべてを整える必要がある。また関係する州が複数であったり、その地域が農業開発などの対象であると政治的な動きが加わり、設立は更に困難になる。4つの州に跨って位置し、農業開発の重点地域でもあるジャラポン地域においては、モザイク設立を困難にする条件が重なっていた。
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ジャラポンにおける自然環境保全への挑戦
プロジェクト以前のジャラポン地域は、自然保全活動の空白地帯といえる状況が続いていた。2000年代に連邦と州政府はそれぞれ保護区を設立したものの、土地の取得をともなわないペーパー保護区であり実効性を伴わないものであった。保全を進めるべき連邦と州の各環境機関は、それぞれ別々に場当たり的な活動を実施しており、同じ地域で活動しているにも関わらずお互いの顔さえ知らなかった。また地域社会は保護区や開発計画から完全に切り離され、住民は保護区の境界さえ知らなかった。無秩序で不法な土地開発に対して市政府はなんら手を打つ事なく、その間に農地は急速に拡大した。 プロジェクトでは「ジャラポン・モザイク」の設立を最終成果と設定した。3年間のプロジェクト期間に対して、この目標は過大との指摘もあったが、この機を逃したらジャラポンの自然は永久に守れないとの関係者の切実な思いを背景に、プロジェクトは「ジャラポン・モザイク」を実現させるべく「1.保護区の管理能力向上(保護区管理委員会の設置や管理計画作成など)」、「2.市政府の環境管理能力の向上(市環境法の制定、環境審議会の設置、環境管理計画の策定など)」、「3.広域保全の合意形成と活動計画の策定(州機関の協力協定書の締結、データベースの構築、戦略文書の策定など)」の3つのコンポーネントを設定し、さらにその下に15のサブ・コンポーネントを設け、それぞれ担当者を置き真剣に取り組んだ。その結果、2013年6月時点で、そのほとんどすべてが達成出来ている。
地域社会による自然環境保全の実現 3つのコンポーネントの一つ「2.市政府の環境管理能力の向上」に関する活動を紹介したい。生物多様性保全には、地域社会が主体的な役割を果たすことが欠かせない。このコンポーネントは、市政府が主体的に自然保全を実施するために必要十分な制度的枠組みを構築し、さらに制度を運営するための体制整備と管理能力を向上させる事が目的である。 地域社会が環境保全に果たすべき役割の中で、最も重要なものとして「1)環境破壊・違法行為の監視と関係機関への報告」、「2)地域開発計画や保護区管理への参加」、「3)市独自の環境保全政策の策定と実施」が挙げられる。森林の違法伐採、ゴミの不法投棄、大規模農業開発など、地域社会が直面する問題の多くは外から持ち込まれる。市政府は地域住民の代表として対策を講じる事が求められるが、環境法や環境審議会などの最低限の制度的枠組さえ整っていない状況では、それは不可能である。 これら3つの役割を担うため、プロジェクトはジャラポン地域の中心に位置する6つの市政府(município)を対象として、能力向上研修を定期的に実施しながら、環境法の制定/改訂、環境審議会の設置法の制定/改訂、審議会メンバーの任命、審議会定款の承認、市環境管理計画の策定、財政管理能力の向上等々、2012年末までに多くの成果を達成した。これにより、市政府は地域において環境保全に主体的な役割を果たすようになっており、将来のモザイク設立の下地として機能することが期待される。
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「モザイク審議会」設置の準備会合の参加 |
市レベルの保護区の設
ところで、生物多様性保全の命題の一つとして、いかに保護区面積を速やかに増やすかが挙げられる。しかし連邦レベル、州レベルの保護区の設立は容易ではなく、多くの資金と努力、長い時間が必要である。ジャラポンの中心に位置するサンフェリックス(São
Felix)市では、「2.市政府の環境管理能力の向上」の過程で、2011年11月に「市保全区システム法 (Sistema Municipal
de Unidades de Conservação (SMUC))」 が成立し、これを根拠に2012年7月には新たな市立保護区が設立された。市立保護区は市長と市議会の承認により、比較的短期間で設立が可能である。トカンチンス州で初めてとなるこの取組は画期的なものとして大きな注目を集めた。2012年にはプロジェクトの支援の下、保護区管理計画が作成され、さらに保護区長が任命された。
連邦政府による 「ジャラポン・モザイク」の承認
プロジェクトが構築した体制がより長く実効性をともなって続くためには、すべてのプロジェクト活動を「ジャラポン・モザイク」を上位組織として、その下に正式に位置付け、連邦・州・市の連携の下に各種の活動を継続することが望ましい。そのための「ジャラポン・モザイク」の「設立趣意書」は、ジャラポンに位置する9つの保護区すべてが参加して2012年9月に環境大臣へ提出された。その後、環境省の担当局長や部長の交代、政治的な抵抗があり、残念ながら未だ承認には至っていない(2013年5月現在)。しかしながら関係者は、プロジェクト活動を継続しながら「ジャラポン・モザイク活動計画」を策定し、また「モザイク審議会」設置の準備会合を開くなど、地道な連携活動を続けている。 プロジェクト終了後、プロジェクトが構築した制度的枠組をどう利用して、実効性のある保全活動へ結び付けて行くかは、ブラジル側関係者の手に委ねられる。私はプロジェクト終了後は別の業務に就くが、引き続き彼らの動向を見守りながら、可能な限りの支援を継続したい。
(筆者個人の見解であって、日本工営(株)およびJICAの見解を代表するものではありません。) |