執筆者:田所 清克 氏(京都外国語大学名誉教授)

 

★本コラムはラテンアメリカ協会のHPに掲載されたものですが、執筆者である田所先生の許可を得て「伯学コラム」に転載致します。

今回も、ブラジルのインディオの言葉の中で最も重要なトウピー語(その2)を取り上げてみたい。

 ブラジルあれこれ -トウピー語を巡って- 同上が語源のcapão その8

カポン[capão]と言えば、パンタナルを訪ねれば必ず目にする光景です。トウピー語源の言葉で、capuão, capoão, caapoã, caapauaも同義語です。この言語でca(a)は森を意味します。例えば、ブラジル北東部の奥地の半乾燥地帯には、干からびた印象を抱かせる、白っぽい森が存在します。ですから、現地の先住民はそれを”白い森”(caatinga=caa+tinga[白い])と名付けています。

capão は二つの意味があります。一つは、pu’ãつまり丸いという形容詞で修飾される森。もう一つは、島=paumと捉える森のことです。いずれにせよ、大湿原に点在するそれは、丸い形状をした茂みにも孤立した島にも見えます。雨季ともなれば、平原はcapãoを除いてほぼ冠水します。この時期に、陸上動物の多くは水を避けてcapãoに移動します。閉ざされたその環境はまた、絶好の隠れ場(esconderijo)としても役立つています。

 

ブラジルあれこれ  -トウピー語を巡って- 国花:イペー(Ipê) その9

 ブラジルの国の名称がpau-brasilに由来することを既に述べましたが、その一方でイペーは、国の花を象徴するものです。ご多分に漏れずイペーも、トウピー•グワラニ語が語源です。おそらく今回は、イペーの概説だけで終わりそうです。そのイペーですが、学術名はTabebuia[tupi-guarani語で「浮く樹木もしくは材木」(pau ou madeira que flutua)の謂」ですが、peúba, ipeúna, paratudo, pau-‘arcoといったさまざまな名で呼ばれています。

ちなみに、pau’arcoと呼ばれるのは、昔先住民のインディオがイペーを使って狩猟や他部族との戦闘のための弓矢を作っていたことによります。本来、tupi-guarani 語でárvore de casca grossaという意味を持っている木だけに、分厚い樹皮をしています。

乾燥に強く、成長期以外はあまり水がなくても耐性があるそうです。

メキシコからアルゼンチン北部まで植生していますが、その多くがブラジル原産と言われています。花木にもよりますが、概して6月から11月の時期に開花します。落葉した後で咲き始め、春告花と呼ばれたりもします。私が8月にブラジルをいつも訪れていたのは、その息を飲むほどに美しいイペーを見るのも大きな事由の一つでした。

黄色だけでなく、ばら色、白色、紫がかつた色のイペーを見ると、bonita esplêndida!と喚声をあげるほどに、それはそれは美しいものです。親友のManuel Martins さんが、開花宣言が出てあちこちで咲き始めた日本の桜にぞっこんのように、私はイペーが咲き始めたという便りをブラジルの友人からもらうと、そわそわしたいわば落ち着きのない気分に駈られます。

美しさだけではなく、イペーがブラジルの国花になっている理由の一つは、この国のほぼ全域に存在しているからだそうです。政令で国花になったのは、当時のJánio Quadros大統領政権下の1961年6月27日です。

※白色のイペーは、Rosane Silva do Zenさん撮影の ものをManoel Martins 氏が、探して送って頂いたものです。

ブラジルあれこれ -トウピ語を巡って- 同上の語源の植物:カルナウーバ  その10

 ブラジル内務省の企画のロンドン計画(Projeto Rondon)に参画してセアラー州奥地のカアチンガ地帯に一ヶ月あまり逗留した折りに、半乾燥地域特有の植物であるカルナウーバ(carnaúba)を直に観察できていたく感動したものです。というのが、拙訳『イラセマ』(Iracema)の冒頭に出てくる植物なのですが、実際にその植物がどんなものであるか分からず、それが実見できたからです。

その後、アマゾンもしくはリオに向かう北東部上空の機上から幾度となく、群生するカルナウーバを眺めては、『イラセマ』の冒頭の詩的言語が脳裏をかすめたものです。学名copernica prunferaのカルナウーバはセアラー州を象徴する植物ですが、マラニヤンやピアウイ一、リオ•グランデ•ノルテの各州でも普通に見られます。carnaubeiraともcarnaíbaとも呼ばれ、トウピ語では “árvore que arranha “の意味を持つように、植物の最下部には刺があり、まさに”ひっかいて傷をつける樹木”です。

その一方で、”命の木”(árvore da vida”とみなされるように、人間にとってはまことに貴重な存在で、植物全体が有用です。葉からは蝋が抽出されると同時に、肥料や民芸品の材料になります。のみならず、根茎は利尿剤(diurético)、性病治療(antivenério)に、また約2cmの丸みの果実は食用できるだけでなく、栄養価が高いことで動物にとっては貴重な食糧になっているようです。幹は頑丈なことから良質な建築材となっています。

写真のcarnaúba についてはWebから。

ブラジルあれこれ -トウピ語を巡って -同上の語源の植物:アバカシ(abacaxi) その11

  国内(沖縄)の物や台湾産もありますが、圧倒的に多いのはフィリピンから輸入したパイナップルだそうです。ポルトガル語ではパイナップルのことをananás と言いますが、トウピ語が語源のabacaxiも普通に使われます。

abacaxiはybá(=ibá)[果実]+katī(=ka’ti)[強い香りのする]の複合語です。アマゾンを旅した時に、学生さんと現地のパイナップルを食べたことがありますが、甘くて良い香りを放っていた(exalava bom cheiro, recendente)のがとても印象的でした。

そう言えば、パンタナルのそこかしこの藪には、パイナップルの原種と思われるものを目にしたものです。

余談ですが、abacaxiを使った以下のような俗語的な表現があります。

descascar um abacaxi 「パイナップルの皮をむく」が文字通りの訳です。しかしながら、「難しい問題を解決•克服する」、「いやな状況、責務から解放される」の意味でよく使われます。フルーツに目のない私は、あのアマゾンで食べたのを思い出しながら、今夜の夕食のデザートとしてパイナップルが食べたくなりました。

 

ブラジルあれこれ ートウピー語を巡ってー 同上の語源の植物:マンダカルー その12

 セルトン(sertão)と呼ばれる北東部の半乾燥に一ヶ月あまり逗留した人は、日本人としては私を除いて皆無に近いだろう。1930年代の北東部小説でも克明に描かれているように、自然景観には独特のものがあります。定期的な旱魃によってそこは、自然、ことに点在する森は干からびて白い色調を帯びています。先住民のインディオが、「白い森」[caa=森+tinga=白い]と称したのも頷けます。

研究者の卵の頃、セルトンを訪ねた知見も活かして、「ブラジルの植生」(vegetação do Brasil)なる論文を書きました。そのなかで、北東部のビオーム[bioma=生物群系]の一環として植生について立ち入って論じています。ともあれ、セルトンはカアアチンガのビオームによつて特色づけられ、概して匍匐植物、背丈の低く幹が曲がりくねった灌木、そしてここで論じるサボテン科[cacto=cáctus]や、アナナス[ananás]科が支配する世界です。これらの植物は乾燥気候に順応し、幹や根茎に水を貯えています。ですから、長期の旱魃の折りには、家畜の水分補給に欠かせない存在です。

ところで、セルトンのビオームを語る上で、ひときわ目を引くのは、サボテン科の植物でしよう。マンダカルーやシケ•シケはその典型です。有刺植物ですから、牧童であるヴァケイロ[vaqueiro]は、身を護るために革製のものをまとっています。

mandacaru はトウピー•グワラニ語で[食べられるソース](molho comestível)の意味を持つセルトンを表徴する植物で、歌にも引用されています。

写真は全てWebから。

ブラジルあれこれ ートウピー語を巡ってー 同上の語源の果樹:ジヤボチカベイラ  その13

 

自他共に認める大のブラジルファンである私。体調の具合もあって、この5年来、残念ながら訪ねていません。55回にも亘って頻繁にこの国の大地を踏んだのも、それなりの事由があります。それは主として、以下の要因に突き動かされたものです。

①院生時代の留学先がブラジルのリオの [Universidade Federal Fluminense]であつたこと。

②幼少の頃から、生態学的聖域(santuário ecológico)であるパンタナルやアマゾンに関心が高かったこと。それ故に、研究者になって以来、毎年欠かさず出向いていたものです。実はそれら以外に、

③ブラジルの熱帯フルーツ、例えばgraviola、acelora, cupuaçu 、ingá、goiaba 、cajuなどに目がなく (Estou louco por frutas tropicais do Brasil)、そのためのPindorama (=Brasil)への旅で もありました。リオのPorto Bay International  のホテルに投宿中は、朝食には必ず、沢山のmamãoなどのフルーツを食べていた点で、文字通 りのfrugívoro(=frutívoro[フルーツを常食とする])ので、ボーイは笑いながら 驚きの目で見ていたものです。

 

トウピー語およびトウピー•グワラニ語が源になり、国語化したものはあまたに及び、挙げればキリがありません。ですから、小生の大好きなフルーツの一つであるjaboticabaとその樹木jabuticabeiraもしくはjaboticabeiraを引例して、終わりにしたいと思います。

上述のトウピー•グワラニ語の果樹からは、紫色をした皮をして果肉が白い実が、カカオさながらに幹や枝につきます。それはまさにボタンのようにも見えます。ですから、このフルーツを”fruto em botão”[jambo+ticaba]を意味するものとしてインディオは捉えています。と同時に、亀の脂肪[gordura do cágado(jaboti+caba)]、亀の食べ物[comida do cágado(jaboti+guaba)]といった意味もあるようです。ちなみに、果実には鉄分、ビタミンC、B、B2、B3が豊富に含有していることで知られています。大西洋林[Mata atlântica]原産でミーナス、リオ、パラナーの各州に存在します。

写真は全てWebから