会報『ブラジル特報』 2014年3月号掲載
文化評論
岸和田 仁 (『ブラジル特報』編集委員、在レシーフェ)
外交官にして詩人、シンガーソングライターと八面六臂の文人活動を展開したヴィニシウス・デ・モラエス(1913~80年)。昨年2013年が生誕百周年だったので、記念イベントや追悼ショーなどがブラジル各地で開催され、本屋には評伝やら詩集の復刻版やらが平積みされていたが、この書店での風景は、今年に入っても、まだ変わっていない。(そういえば、年末年始ちょっと覗いてみたリスボンの大手書店でも彼の特集記事を掲載した書評新聞がベストセラー・コーナーに置かれていたから、ポルトガルでも結構読まれているといえよう。)
そんなヴィニシウス讃歌ムードのなか、これまで未発表であった彼の料理レシピ集を主体にまとめた特製本が、昨2013年8月末に刊行された。彼の関連詩やレシピが収録されているだけでなく、そのレシピに基づき現代のシェフたちが丹精込めて仕上げた料理完成品の鮮明写真が付されているので、ヴィニシウス・ファンでなくとも、フツーの食欲を有する者なら誰しも唾液腺が刺激されることになる。
そのタイトルは、 『そう、僕は名コックだから』。
これは、1956年、当時最大の週刊誌メディアであった「クルゼイロ」誌の記者に要請された時、その場でサラサラと書いた即興詩「わが自画像」のなかに出てくる一句であり、その詩全体が、この本の巻末に収録されている。
随分と長いので、そのさわりの部分を恣意的に抄訳してみよう。「一番嫌悪するもの;旅、
異性に言い寄る奴、ファシスト、
人種差別主義者、守銭奴、
女性に野卑な奴。
一番好きなもの:
オンナ、オンナ、オンナ、
(特に僕の奥さんが一番)、
僕の子供たち、アミーゴたち。
家事については結構手伝っている、
そう、僕は名コックなのだから。
(中略)
飲むのが大好きで、
よく飲む(10年前に比べれば
少なくなっているけれど)。
僕の好きな酒は、ウイスキー
水は少なめ、氷は多めに。
ダンスも好きだ。
そんなこんなで
人は、僕をボヘミアンと呼ぶ。
(後略)」
既に円熟詩人となっていた43歳のヴィニシウスが、走り書きした自伝的メモからは、人生の楽しみ方を熟知した人間活動スペシャリスト、より俗っぽくいえば、食欲も性欲も知識欲も全て全開で生き続けた人生の達人、というイメージが浮かんでくるが、食文化の部分にスポットライトをあてた今回の著書をゆっくり読んだり、写真を楽しんだりしてみよう。
本書は、三部構成になっている。
第一部は、「モラエス家の家庭料理のレシピ」で、各章のサブタイトルは、子供時代、国外にいる時感じる郷愁の味、クリスマス料理、厨房におけるヴィニシウス、だ。第二部は、「外食(といっても孤食はなくて誰かと一緒に)のレシピ」、リオ・デ・ジャネイロ、リオのボヘミアン、ミナス・ジェライス、ロサンジェルス、フランス、バイーア、イタリア、アルゼンチン&ウルグアイ、ポルトガル&チュニジア、となっており、第三部は「私の一番好きな料理レシピ」、女性のレシピ、男性の愛、大いなる愛のために、一輪の花を抱く少女のために、私のアミーゴたち、愛玩動物へ、となっていて、巻末に先ほど抄訳した「わが自画像」が全文おさめられている。
はしがきを寄せているのが、末妹のラエチチア (ちなみにヴィニシウスは男二人、女二人の四人兄弟の二番目) だが,カランボーラ(スターフルーツ)をかじると、祖父の別荘で過ごした1920年代の古き良きリオの風景が思い出される由だ。
そのあとには、ヴィニシウスの食讃歌の文章が続くのだが、「小腹を満たす軽食といえば、いり卵、エビ、スープ、ソース、ストロゴノフだろうか ―いや、愛のあとに食べるのもよし。」とか「だから、料理という行為には愛がともなわねばダメだ。」とか、の至言に読者は頬を緩めることになる。
ここで、彼とテーブルを一緒にした面々を列記してみれば、詩人では、ジョアン・カブラル・デ・メロ・ネト、マヌエル・バンデイラ、フェヘイラ・グラール、パブロ・ネルーダ、作家・ジャーナリストでは、ジョルジ・アマード、パウロ・メンデス・カンポス、フェルナンド・サビーノ、リジア・ファグンデス・テレス、イルダ・イルスト、オットー・ララ・レゼンデ、音楽関係者では、トム・ジョビン、ピシンギーニャ、バーデン・パウエル、マリア・ベタニア、シコ・ブアルケ、ドリヴァル・カイミ、トキーニョ、ナラ・レオン、クララ・ヌネス、と多士済々だ。
あきれるほど広い交遊の “触媒” となったのが、料理なのだから、食べる行為と友人たちとの会話を楽しむことが “弁証法的に” 同時進行するのが、ヴィニシウス流だ。
名コック、ヴィニシウスは、奇をてらった新作クイジーンには傾かず、「オフクロの味」 を引き継ぐ、オーソドックスな料理人であった。詩人ヴィニシウスのもう一つの顔、である。
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