年央にみるブラジル3つの顔
今年6月、ブラジル全土をほぼ巻き込んだ民衆の抗議デモは大方の人にとって「想定外」の出来事だった。発端は、サンパウロ市での20センターボ(日本円にして10円未満)のバス料金値上げ撤回運動だったが、それがたちまちのうちに全国規模で、しかも医療、教育、治安から始まり、汚職、国会の機能不全、交通網や港湾・空港などのインフラ整備など、ブラジルが抱える積年の“宿題”を一気に俎上に乗せた抗議運動となった。テレビ画面で大写しされた便乗型のケブラケブラ(打ち壊し)は、トルコやエジプトと同様のデモの激しささえ覚えた。後手後手に回った政府の対応や報道の興奮ぶりが、彼らにとってもこの動きは想定を超えていたことを明らかに物語っている。
その一方で、軍政から民政への民主化の後押しとなった1983年~84年の大統領直接選挙制復活を求める「ジレッタス・ジャー」の運動や、92年の政治腐敗ゆえに民選初代のコロル大統領を辞任に追い込んだ退陣運動が想起され、「怒れるブラジル、民衆のパワー」を見せつける出来事でもあった。
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ブラジルのグローボ(http://oglobo.globo.com/rio/)が伝える値上げ反対デモ |
しかし、同時期の6、7月、ブラジルからは「機動力のブラジル」「歓喜のブラジル」を報じるニュースもあった点は、併せて記憶に留めておく必要がある。前者は、抗議運動の最中のサッカーのコンフェデレーションズ杯と、抗議の熱気が冷めやらない中でのその後の同リベルタドーレス杯(南米クラブ選手権大会)で勝ち取った、俊敏なプレイによる優勝である。後者は、新ローマ法王フランシスコのブラジル来訪でみせたカトリック国としての高揚感と国民の一体感であった。法王は、カトリックの若者の祭典である「世界青年の日」に合わせて初の外遊先としてブラジルを選び、同国のマスメディアは滞在のほぼ1週間、このニュースで持ちきりであった。
変化する社会を受けて
このように同時期に、多面で異なる3つの顔をみせたブラジルの今後の方向性を考えるうえで重要なのが時間軸である。昨年は、ルーラ前政権第1期(2003年~06年)に政権基盤を揺るがした疑獄事件「メンサロン」で、現役の政治家4人を含む25人に最高裁判所による有罪判決が下った特記すべき年であった。多くの報道機関が、1985年以降の民主体制のなかでも、「ブラジル政治に新たな1ページを開いた」と異口同音に報道した。この事件は、国会での政府案支持を確実にするため議員に配った大盤振る舞いの手当「メンサロン」が贈収賄、公金横領として問われたものだが、与党党首や官房長といった政権中枢経験者(当時)が罪に問われるのは民政移管後初のことであった。
同年10月に実施された地方選挙では、クリーンカード制が導入された。すでに実用化されブラジル自慢の制度となった電子投票に続き、有罪者や医師や弁護士等の職能登録剥奪者の立候補を禁止ないしは当選後は無効とする制度で、選挙の透明性を高めるものとして期待された。さらに最高裁長官に初の黒人判事が、また高等選挙裁判所長官に同じく初の女性判事が就任したことも話題となった。
2011年にはGDP(国内総生産)世界6位に浮上し(12年は7位)、2014年のサッカーワールドカップ、16年のリオデジャネイロへのオリンピック誘致にも成功した。雇用拡大、賃金引上げ、社会扶助拡充などで所得が上昇、国民が求めるシビルミニマムも上がった。そうした中での意識や自負心の向上とともに、対策の遅れへの不満・怒りがないまぜになったのが、2013年年央ではなかったか。
4年に一度の大統領、州知事、国会・州議会議員選挙
政治家にとっては、2014年が目の前に迫っている。6月のワールドカップに加え、同年10月には正副大統領、上下両院議員、州知事、州議会議員の同日選挙(上院は一部改選)が予定されている。2011年の就任後、前任のルーラ大統領より高い支持率推移を誇っていたルセーフ大統領だが、6月の騒ぎで同月末には急落、世論調査機関ダタフォーリャによれば3月の65%から30%となった。第2期入りが確実視されていた大統領の先行きに黄信号がつき、アエシオ・ネーベス(ブラジル社会民主党PSDB)、エドゥアルド・カンポス(ブラジル社会党PSB)など有力野党候補がにわかに色めき立っている。
カリスマ性の強かったルーラ大統領も、メンサロン疑獄が表ざたになった2005年末には、同じくダタフォーリャによれば、支持率は28%に落ちている。それが翌年半ばから持ち直し、2017年からの政権第2期入りにつないだ。来年6月開催の各党全国大会における候補者選出および政党間協力の決定、8月の選挙運動開始の公式スケジュールに向け、これからが支持基盤を固める正念場となる。
こうした状況は州知事や議員一人ひとりにとっても同じだ。これから1年余、有権者が下す“通信簿”の採点に一喜一憂することになる。しかも有権者の判断基準はすでに抗議運動で出ている。7月以降、国会は、「民主化を後退させるもの」として批判の強かった検察庁の捜査権限縮小を意図した憲法修正案(PEC37)を取り下げ、公務員に対する贈収賄を厳しく規制する反汚職法を大統領が裁可するなど、滞っていた制度改革がふたたび動き始めた。政治改革を問う国民投票や医師不足を補うためのインターンや外国人医師の活用など、にわか仕立ての政治案件も国会にのぼる。抗議デモが火をつけた「政治の季節」入りである。
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