執筆者:桜井 悌司 氏
(日本ブラジル中央協会常務理事)

2018年8月に「ラテンアメリカの貿易振興・投資誘致機関の紹介」と題するレポートをとりまとめた。ラテンアメリカ諸国20カ国がどのような輸出振興機関、投資誘致機関を持っているかという調査である。ラテンアメリカの機関はアジアの機関と比較して、総じて予算も職員数も少なく、組織的ではないし、継続的でもない。ラテンアメリカの中では、メキシコ、コロンビア、チリ、コスタリカ等奮闘している国もある。そのなかにあって、南米の大国であるブラジルやアルゼンチンの組織は、国力に応じた活動を展開して

いないのではないかという印象を受けた。本稿は、筆者個人の意見・見解である。

 

1.ブラジルの輸出振興・投資誘致機関について

ブラジルは人口2億人を超え、食糧・鉱物・エネルギー資源に満ちた世界第8位の経済大国である。それゆえに、国民は誇り高く、自信に満ちており、外資も自動的に入ってくるものだと考えている。輸出振興と投資誘致は、APEX-Brasil (ブラジル輸出投資振興局、Agência Brasileira de Promoção de Exportações e Investimentos〉が担当している。APEX は、当初、輸出振興機関として、1997年に設立されたが、その後投資誘致の機能も加え、2003年に再発足した。当初、開発商工省(MDIC)の傘下にあったが、現在は外務省傘下となっている。おそらく、外務省の国内外ネットワークをもっと活用すれば、もっと効率的に機能すると判断したものと思われる。またAPEXとは別にRENAI(国家投資情報ネットワーク、Rede Nacional de Informações sobre Investimento)があり、商工サービス省(MDIC)の中にある。

まず 初に、筆者の過去の個人的経験等も踏まえながら、ブラジルの輸出振興・投資誘致に関連するテーマを取り上げよう。

 

1)INVESTE BRASIL は何故機能しなかったのか?

ブラジル政府の開発商工省、外務省、計画省の3省の肝いりで2002年に設立された半官半民の投資誘致機関 INVESTE BRASIL は2005年初めにその幕を閉じた。筆者は、2004年1月にリオにあるLを訪問し、会長に取材したが、その場で、この組織はうまく機能しないとの印象を持った。その理由は、下記の通りである。

まず第1は、半官半民と言う性格だ。半官半民というと美しい響きを持つが、投資誘致機関の場合は、コスタリカの CINDE のようなごく一部の例外を除きうまく機能していない。なぜなら民間企業にとって投資誘致機関に経費を負担するメリットが少ないからだ。過去においてブラジル企業にとっては、外資は必ずしも歓迎すべき存在ではなかった。民間企業からなる経済団体からの分担金に応じて政府も資金を拠出するというメカニズムは、総じてうまく機能しないものである。

第2の理由は、予算、マンパワーともに極めて不十分であったことだ。年間予算は、200万ドル、スタッフ数は25名ということだった。同組織によれば、ブラジル全州政府や産業連盟と密接なネットワークがあること、ブラジル外務省のネットワークをフルに活用できるので予算は少なくても機能するということであった。仮にそうだとしても、人件費、借館料、外部のコンサルタントにアウトソーシングをする経費もかさむだろうし、おそらく海外への投資誘致ミッションなどを派遣する経費等事業費も十分とは言えなかったと推測できる。

第3の理由は、INVESTE BRASILLが期待した国内・海外のネットワークが十分に機能しなかったと推測できることである。1つの省が責任を持って事業の推進を図る場合でもうまく機能させるのは難しい。ましてや3つの省の管轄ともなれば、予算、時間、効率性などの面でうまくいかないことが容易に想像できる。

組織運営についても問題があった。組織の意思決定機関として経営審議会があり、10の政府官庁、金融、工業、運輸。農業、商業、インフラ、外国商工会議所等10の団体、合計20の団体からの31名の代表で構成されることになっていた。経営審議会は、州政府、銀行、コンサルテイング会社、メーカー等有識者13名より構成される諮問委員会があり、年3回開催されることになっていた。国内のネットワークは、上記経営審議会に参画する官庁や経済団体に加え、27の州の代表(通常は州の開発長官レベル)と種々の外部組織から120名程度の協力者を抱えていた。INVESTE BRASIL 内に組織間連絡部という部門もあった。

第4の理由は、組織に積極的に投資誘致案件を発掘しようとする体制が十分に取られていなかったことがあげられる。INVESTE BRASIL によれば、案件発掘の内、外部から持ち込まれた案件数が70~80%を占めていたということだった。世界の優秀な投資誘致機関は、誘致したい業種を定め、ポテンシャル・インヴェスターにアプローチし、勧誘するという方法をとっている。同組織の場合、予算不足、マンパワー不足により、クライアントに対して十分なサービスができなかったし、積極的に打って出ようにも各種の制約があったものと考えられる。

これらの一連の事実からいくつかの教訓が引き出せよう。

  • 半官半民のような組織は、少数の例外を除き機能しない。
  • 中途半端な予算とマンパワーではうまくいかない。
  • 頭でっかちな組織や諮問委員会等は効率的でない。
  • 外資誘致は、外国企業を対象とするので、海外ネットワークが大切になる。
  • ポテンシャル・インヴェスターズからの接触を待つのではなく、こちらからアプローチするという積極的な姿勢が必要である。

 

2)もう一つの投資誘致機関、RENAI(投資情報国内ネットワーク)

INVESTE  BRASIL が消滅した後、APEX がその業務を引き継ぐことになり、APEX は、輸出に加えて投資業務も担当するようになった。開発商工省(MDIC)傘下での活動である。一方、MDIC の中に RENAI(Rede Nacional de Informações sobre o  Investimento)が設置された。総合的な投資誘致の枠組み、投資誘致政策、投資関連情報の提供を RENAI が担当し、APEX は個別の案件、例えば、半導体、再生可能エネルギー、ベンチャーキャピタル、バイオテクノロジー、航空宇宙、石油・ガスなどの分野のプロモーションを担当し、担当のコーデイネーターを配置している。

 

2.APEX の年次報告から見た活動の現状

 

次に、APEX の2016年と2017年の年次報告(Relatório de Gestão  APEX-

BRASIL 2016-2017)から現在の APEX の概要をざっと見よう。

  • APEX の主要活動

APEX は2003年に設立された。本部はブラジリアにある。大きく分けて APEX には3つのプログラムがある。それは、①輸出振興、②投資誘致、③ブラジル企業の国際化支援からなり、①中小企業の質的向上を図る、②知的生産の向上、③投資誘致と国際化推進、 ④ビジネス社会の世界で信頼を勝ち得るためにブラジル企業のイメージ向上を図る古都を主たる目的としている。

  • APEXの人材情報

APEXの2017年の年次報告を見ると、職員数は下記の通りである。

  • APEXの職員数
ブラジルで雇用契約のある職員総数

うち採用試験を受けた職員数

 

314名

275名(アナリスト87名

アシスタント 70名)

一時雇用者数 57名
海外における職員数 51名
合計職員数 365名

 

②APEX職員の勤続年数

次に職員の勤続年数を見ると、下記の表の通りである。

勤続期間 パーセンテージ%(2016年次報告)
10年以上 4.78%(5.08%)
6~10年 42.32%(35.93%)
3~5年 21.16%(14.58%)
1~2年 25,60%(38.64%)
1年以下 6.14%(5.775)

出所:APEX年次報告2017及び2016

 

APEX職員の学歴

終学歴 パーセンテージ%(2016年次報告)
中等教育 7.17%(6.44%)
高等教育 35.83%(37.29%)
大学卒 44.04%(45.09%)
修士 11.60%(10.50%)
博士課程 1.02%(0,34%)
博士号 0.34%(0,34%)

 

2010年にIDB(米州開発銀行)によって発行された“Odyssey in Internationa Markets” によると、発行時点より少し前の職員数は214名(海外の職員数を含めているかどうかは不明)だったので、ここ10年で365名と相当増加していることがわかる。APEX の職員採用方法は、APEX による競争試験、他の省庁による競争試験、民間のコンサルテイング会社からのアウトソースによる選定となっている。職員の学歴は、1.9%が博士号、14%が修士号、54.5%が民間ビジネス出身となっていた。給与は固定制である。2017年の年次報告によると、大学卒が44%、修士号が12%、博士課程と博士号取得者は1.4%となっている。次に勤続年数を見ると、10年以上が、4.78%、6年~10年が一番多く、42.32%、3年から5年が、21.16%となっている。転職率の高いブラジルの現状が理解できる。輸出振興・投資誘致を経験した10年以上のベテランが、5%未満と少ないのは、APEX 自体まだ若い組織であることから生じるものと考えられるが、専門職の育成が今後の課題と言えよう。

  • APEXの予算

APEXの予算の推移をみると下記のようになっている。前述 Odyssey によると、2010年以前は、1億2000万ドルとなっている。2017年の予算収入は、6億1372万レアルなので、それほどの伸びは見られない。特に、ブラジルは為替に影響されることを留意すべきである。またAPEXの予算は、SEBRAE〈ブラジル中小企業サービス〉やABDI〈ブラジル産業発展局)とともにINSS(国家社会保険局)からの分担金が主要財源である。

年 度 収入額 支出額 内INSSからの収入額
2014年度 572,549 444,662 436,708
2015年度 611,819 513,102 453,271
2016年度 655,042 546,434 460,114
2017年度 613,718 468,847 492,847
2018年度 725,984 497,463予定

出所:APEX2017年次報告  単位:千レアル

  • APEXの内外事務所

APEXの現在の海外ネットワークは、ドバイ、ルアンダ、ハバナ、マイアミ、サンフランシスコ、ボゴタ、北京、ブラッセル、モスクワの9か所である。海外事務所数については、

後述する。国内事務所は、ブラジリアに本部、サンパウロとレシフェに支部がある。

  • いくつかのプログラムから見たAPEXの活動

APEX は様々な活動を行っているが、ここでは、海外展開がよく理解できる①海外ミッション派遣件数、②海外見本市参加状況、③投資誘致活動の3プログラムを見てみよう。

  • 海外へのミッション派遣件数(2015年~2017年)

下記の表は、過去4年間にどの国・地域にミッションを派遣したかを表している。

これをみると、過去4年間で、派遣数の多い国は、コロンビア4回、ペルー3回、モザンビーク、南アフリカ、中国、パラグアイ、ボリビアが各3回となっている。その他は1回である。これからわかることは、隣接の南米諸国を重視していることである。ミッションは継続して派遣すると成果が生まれるものであるが、過去の実績をみると、新規市場の開拓に力点が置かれているようだ。1回の派遣が大部分であり、戦略性が見られない。

 

件数 行先、参加企業数、APEXのコスト
2014 ① キューバ(30社、3,772ユーロ)、②コロンビア・ペルー(56社、4

73,561レアル)、③南ア・モザンビーク・アンゴラ(25社、872,23

0レアル)、④米国(ヒューストン、シカゴ、15社、1,059,684レアル)

2015 ① Brasil Tecnologico・コロンビア(50社、662,242レアル)、②ペルー・コロンビア(59社、942,944レアル)、③パナマ・ドミニカ共(37社)、959,608レアル、④イラン(22社、640,331レアル)
2016 ① Brasil Tecnologico(NA)、②ペルー・コロンビア(53社、776,859レアル)、③韓国。香港・中国(20社、880,968レアル)、④オーストラリア(9社、430,125レアル)、⑤中国上海(71社、17団体、216,

938レアル)、⑥インド(16社、443,327レアル)、⑦パラグアイ・ボリビア(40社、443,327レアル)、⑧パナマ(28社、374,561レアル)、

2017 ① パラグアイ・ボリビア(44社,686,246レアル)、②エジプト・アルジェリア(20社、351,771レアル)、③南ア・モザンビーク(17社,148,279レアル)④ナイジェリア・ガーナ(8社、4団体、166,892ドル)、南ア、⑤アルゼンチン(29社、624,076レアル)

出所:Portal Apex-Brasil Transparencia

 

  • 海外見本市の出展状況

過去2年の海外の主要見本市の参加状況は下記の通りである。年次報告では、整合性のある情報は入手できないが、可能な範囲で見てみよう。2年連続して出展している国際見本市は、SIAL CHINA と GULFOOD の2つである。ブラジルは、食品の輸出に力を入れていることがわかる。ヨーロッパでは、ドイツの ANUGA とフランスのSIALという有名食品見本市が毎年交互に開催される。SIAL CHINA はフランスの SIAL の中国版である。日本のFOODEX(国際食品・飲料見本市)にも2017年と2018年に出展した。

APEXの国際見本市参加状況

該当年 参加見本市数 主要参加国際見本市
2016年 10件

出展企業総数:394社

GULFOOD(ドバイ)86社

SOUTH by SOUTHWEST(米国)35社

SIAL(フランス)102社

SIAL CHINA,  FIHAV(キューバ)

FERIAMICSUL(コロンビア) EXPO FACIM〈モザンビーク〉 EXPO PRADO(ウルグアイ)

EXPO ALADI(メキシコ) COP22(モロッコ)

2017年 13件

出展企業総数: 486社

コンタクト数: 30、860件

FOODEX(日本)24社

ANUGA(ドイツ)104社

GULFOOD(ドバイ)85社

SIAL CHINA(上海)30社他9見本市

 

  • APEX の投資誘致活動

2016年度と2017年度の2年間の APEX 年次報告から見てみよう。毎年、報告書のスタイルが変わるので十分な情報が得られないことを考慮に入れる必要がある。

2016年度をみると、17のプロジェクトを扱い、14億ドルの投資総額で、2,200名の雇用を創出した。外国企業へのアテンド数は、目標の100件に対し、128件に達した。満足度調査では、94.6%で、48の投資誘致イベントに参加し、1344企業の参加を得た。17の投資プロジェクトの中には、Johnson Electric Group, Canadian Solar, BYD, PV Hardware, UPL, Siva Power, Hexing 社などがある。

2017年度の実績を見ると、20のプロジェクトを扱い、投資総額は16億ドルであった。189件のアテンドを行った。投資誘致に関連するミッション、投資ロードショーやセミナー等のイベント数は38件であった。米国、英国、イスラエル、UAE、フランス、中国等15か国でセミナーを行い、4000人が参加した。業種は、アグロビジネス、自動車、エネルギー、ガス、研究開発分野である。また大規模なフォーラムとして、5月に Brasil Investment Forum を開催し、1383人の参加者があった。うち外国人は42カ国250人であった。9月には、Conferência Latinoamericana de Investimentos を行い、22カ国225人の参加があった。もう少し具体的な情報を入手したいところであるが、年次報告からは入手困難である。

 

「中国核心特別部」(Gerência Extraordinária de Nucleo China )の設置

対中国対策を見てみよう。2017年に、APEX-BRASIL内に「中国核心特別部」が設置された。中国市場に対する戦略的な発展の強化を図るためである。APEX-BRASILの組織の中で、横断的な形の情報の強化を調整する。この行動は、ブラジルの生産部門やブラジル政府に、利害に関わる正確かつ奥深い情報を提供することを目的とする。2017年5月に、SIAL CHINA の出展の機会に、「中国とブラジル間のアグリビジネス2国間協力についてのセミナー」を開催した。11月11日には、招待10カ国の一つとして、「Single Day」プロモーション・キャンペーンを行った。

輸出の分野では、いくつかの見本市やミッションへのブラジル企業の参加の他、2つのプログラムを構成した。1つは、「E-xport Brasil」(e コマースを活用して輸出を拡大する企業を支援する完全なプログラム)でもう一つは「O Programa de Imágem e Accesso a Mercados do Agronegócio Brasileiro」(PAM-Agro, ブラジルアグロビジネス市場へのイメージとアクセス・プログラム)である。

また、2018年11月5日から10日まで、上海国家展示コンベンションセンターで開催された「国際輸入博覧会」には、世界の172カ国から3600の企業が出展したが、そのうち、12カ国がゲスト・カントリーとして招かれ、ブラジルとメキシコはその中に入っている。APEX-BRASIL が組織し、外務省、開発商工省,農牧省、CNI、FIESP が支援している。ブラジル企業87社が、5つの分野(政府ブース、食品・飲料、サービス、消費財、健康製品)に出展している。内60社が食品・飲料関連で、うち70社がサンパウロの企業である。ちなみにメキシコは、400平米の面積で28の食品ブランド10のサービスセクターの企業が出展した。